「ガリレオの求職活動 ニュートンの家計簿」佐藤満彦著
新型コロナウイルスの感染拡大を受けてカミュの小説「ペスト」が異例の売り上げを示しているという。古来、ペストは断続的にヨーロッパを襲っている。14世紀のパンデミックでは人口の3分の1がペストによって失われたが、17世紀に再びペストが襲う。1665年の夏、ロンドンだけで3万人以上の死者が出た。ケンブリッジ大学も閉鎖され、同大に奉職していたアイザック・ニュートンは故郷の田舎町に戻る。この自宅待機の2年間で、微分法、光の粒子論、万有引力という科学史上、画期的な発見の着想を練り上げた。ペストという災禍がニュートンに「創造的休暇」をもたらしたのだ。
当たり前だが、天才的科学者も生身の人間で、時代の荒波の中で生きていかなくてはならない。本書は、中世から脱却してルネサンスの幕開けを告げたダビンチに始まり、コペルニクス、ガリレオ、ケプラー、ベサリウス、ニュートンといった大科学者たちの足跡を、涙ぐましい求職活動、発明を巡るライバルとの熾烈な先取権争い、師弟の確執といった生々しい実態を紹介しながら描いていく。
この16世紀から18世紀のヨーロッパはペスト以外にも、ルターの宗教改革により、三十年戦争などカトリックとプロテスタントの争いが猖獗(しょうけつ)を極め、ヨーロッパ世界は混乱の極にあった。そうした中で、科学者たちは自分の才能を認め保護してくれるパトロンを求め東奔西走し(ダビンチ、ケプラー)、絶大な教会権力との確執に怯え(コペルニクス、ガリレオ)ながらも、旧態依然たる科学に革新的な地平を切り開いてきた。
例えば自ら解剖を行い近代的医学の基礎を築いたベサリウスの「人体の構造について」と地動説を唱えたコペルニクスの「天球の回転について」がともに同じ年(1543年)に出版されたことは偶然の符合を超えた歴史的な必然を感じさせる。それから500年、戦争と紛争に明け暮れた20世紀を経て歴史の大きな転換期を迎えているが、同時に新しい科学的発見が今まさに起きているのかも知れない。 <狸>
(講談社 1110円+税)