「キリン解剖記」郡司芽久著
キリンは決して身近な存在ではないし、その解剖となればとんでもなく珍しいように思うのだが、日本には現在150頭のキリンが飼育されており、「キリンの解剖を経験したことがある人は結構存在している(日本だけで100人くらい)」という。
10年間で30頭のキリンを解剖し、世界で一番キリンを解剖している人間(かもしれない)である著者にとって、キリンの解剖はごく当たり前のようで、本書にはそんな日常の出来事がつづられている。
幼い頃からキリンが好きだった著者は東大に入ってキリンの研究をしたいと思ったが、具体的な道を探しあぐねていた。そこへ「解剖男」を自称する獣医学者・比較解剖学者の遠藤秀紀に出会う。キリンの研究をしたいと申し出ると、キリンの遺体は手に入りやすいので解剖のチャンスが多いとの託宣を賜り、研究の道が開かれる。
とはいえ身長4~5メートル、首から頭だけでも横綱白鵬級の重さがあるキリンを解剖する苦労は並大抵ではない。事実、著者の初めての解剖は失敗に終わり無力感に襲われるが、めげることなく、キリンの遺体が出たと聞けば、年末年始、クリスマス、恋人とのデートも犠牲にしてキリンのもとへ飛んでいく。
解剖の経験を重ねた著者は、キリンの8番目の「首の骨」の発見に至る。キリンも他の哺乳類と同じく首の骨=頚椎は7つなのだが、あの長い首で高い枝の葉を食べると同時に地上の水を飲むには、普通は動かすことのできない第1胸椎を頚椎と同様に動かし、8番目の首として機能していることを発見したのだ。
頚椎の数という生物の基本ルールを変えることなく、手持ちのカードを駆使して道を切り開いていく。キリンの8番目の首の骨は、著者の研究にも大きな示唆を与えてくれた。
キリンの解剖という一見、非日常的な出来事を、著者は気負うことなく、淡々とこなしていく。そこには、絶滅危惧種に指定されているキリンへの深い愛情が確固としてある。著者の研究が今後どこへ向かうのか楽しみである。 <狸>
(ナツメ社 1200円+税)