「歪んだ正義」大治朋子著
新聞記者としてワシントン特派員、エルサレム特派員などを歴任し、テロリズムに間近に接した著者は、テロリズムの心理を学ぶために2年間休職留学してイスラエル・ヘルツェリア学際研究所で学ぶ。講義の冒頭で、教授から「あなたは、自分がテロリストになることもありうると思いますか」と尋ねられたとき、「絶対ありえない」と直感した著者だが、学ぶうちにどんな人もテロリストになりうるという認識に達した。
本書は、著者自身の取材、過去の事例などを通して、普通の人がさまざまな経緯を経て過激派へと突き進むに至る道のりを体系的に地図化する試みだ。
近年のテロリズムの新しいスタイルに「ローンウルフ」がある。特定の組織に属さない一匹オオカミによるテロだ。その特徴は、SNSなどを通して個人の悩みをより大きな政治的、社会的な問題の一角にあると位置づけ、個人の悩みとは直接関係のない他者への過激な攻撃という「正義」を正当化するところにある。
また、同じような過酷な環境に陥っても、過激な行動に出ていく人とそうでない人がいるが、その違いは何か。それはストレスやトラウマというマイナス要因と、財的資源や社会的支援などのプラス要因とのバランスシートが関係しており、マイナス要因が大きければ過激化する確率が大きくなる。逆にいえば、プラス要因を増加させるような支援をすれば防げるということでもある。
他者への攻撃を正当化する「歪んだ正義」は、テロリズムに限らず、ごく日常的に存在している。
たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった今年の初め、発生源が中国発とされたことで欧米などでは中国人やアジア系外国人への差別、暴力事件が頻発した。日本でも感染者の自宅に石が投げ込まれたり、緊急事態宣言以後は県外ナンバーの車が傷つけられるなどの事件が相次いだ。
これらはいずれも「普通の人」が「正義」の名のもとに自分の敵意や差別感情を正当化したもので、それは決して他人事ではないことを教えてくれる。 <狸>
(毎日新聞出版 1600円+税)