「世界書店紀行」金彦鎬著 舘野晳監修 山田智子ほか訳
著者は、軍事政権下の韓国で1976年に出版社を創業して以来、自国社会の民主化と分断克服を求める人々の指針となる書籍を刊行し続けてきた出版人。
一冊の本は、「本を書く著者と本をつくる出版人と本を読む読者が、ともに手を携えて繰り広げる文化運動・精神運動から紡ぎだされた成果」だと著者は言う。そんな、本と読者が出合う場所が書店だ。
書店こそ「本を愛する市民のユートピアであり」「いかなる禁制もない、すべての人々が自由を謳歌する空間」だと語る氏は、自身も知識と知恵の森である書店で「人間らしく生きるとは、美しく深く思索することである」と悟ったという。
そんな氏による世界各地の書店巡礼記。
巻頭で紹介されるのはオランダの小都市マーストリヒトにある「ドミニカネン書店」。なんとこの書店は1294年に建てられたドミニコ会の教会をそのまま利用している。建設以来一度も損壊したことがないこの歴史的建造物は、1794年のナポレオン軍侵攻によって教会の役目を終えた後、第2次世界大戦時には遺体置き場になるなどの紆余曲折を経て、2004年に書店となり、今では「地上で最も美しい書店」と称えられている。
初めてその店内に足を踏み入れた著者は、この書店は「古典だという考えが脳裏」に浮かび、いまだに夢にも出てくるほど驚嘆を受けたそうだ。
しかし、著者が訪れた翌年、同店は経営危機に陥る。その後、新たな経営主体が現れ再出発するが、翌々年に閉店に追い込まれてしまう。
すると今度は、書店員らが存続に動きだし、クラウドファンディングで資金を募り、営業再開を果たしたという。
そんな店の物語や、新たに定められた同店の経営方針などを通じ、書店の果たすべき役割について考える。
他にも、発禁処分を受けたジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」を自ら名乗り出て刊行するなど、20世紀のヨーロッパ文学史を語る上で欠かせない伝説の老舗書店「シェイクスピア&カンパニー」(フランス・パリ)や、アメリカのペンシルベニアで白人と黒人が初めてともに映画を観賞した劇場を利用して2010年に開業し、地域の再生に貢献する「スカラー書店」、「本のための本の家」と呼ばれ、週末の多い日には1万人もの来客があるという中国・上海の「鍾書閣」など、10カ国22の書店と古書店街、そして古書の村を訪ね歩く。
日本でも沖縄から北海道まで各地の書店を訪ねてきたという氏は、本書の中で東京・原宿の「クレヨンハウス」と神田神保町で3代にわたって洋書販売をする「北沢書店」を取り上げる。
出版斜陽が囁かれて久しく、一方で欲しい本は手軽なネット通販や電子書籍で家にいながら手に入る時代。日本でも書店が姿を消しつつあるが、改めて書店の魅力、役割、そして可能性を教えてくれる本書は、愛書家・読書家に至福と共感の読書時間を与えてくれることだろう。
(出版メディアパル 3300円)