「干す 日本の天日干しをめぐる」 西村豊写真・文
梅干しや魚の干物、海苔などの食品から、日常の洗濯物や布団まで、日本人にとって「干す」ことでそれぞれの最大限の力を引き出す行為は馴染みが深いもの。そんな「干す」という文化に着目して、その風景をとらえた斬新な視点の写真集である。
秋、農家の軒先にずらりと吊るされた朱色の連なり――干し柿を作る風景は日本の原風景のひとつともいえるが、まずは各地のそんな干し柿の風景から。山梨県甲州市では、日本一大きいといわれる渋柿「甲州百目柿」が用いられる。皮をむいた柿は縄で数珠つなぎにされ、大きな古民家の北側をのぞく三方の壁面を隙間なく覆いつくす(写真①)。熟成前のそのオレンジ色の輝きはまさに壮観。室内から眺めると、柔らかい秋の陽光に照らされた柿の影が、座敷に複雑な模様を描き出し、日の傾きとともに刻々と変化する。長野県諏訪郡下諏訪町や、岐阜県大野郡白川村など、干し柿と茅葺き民家の相性はやはり抜群だ。
また、富山県南砺市では、家の軒下ではなく、庭先に設けた「柿はさ」と呼ばれる専用の風通しの良い小屋で干し柿を作る。しかし、その習慣も廃れつつあり、撮影できたのは最後の一軒だったという。
静岡県三島市では、たくあん用の大根干しを撮影。富士山が背後にそびえる高台の畑にずらりと立派な大根が並ぶ(表紙)。
収穫した大根は、その場で一本一本水洗いされ、太い竹に掛けられる。天日で10日から14日ほど干してから漬け込まれるそうだ。
同じ大根でも、岐阜県飛騨市神岡町山之村地区では、皮をむき輪切りにした大根を茹でてから串にさして干す「寒干し大根」が作られる。180センチの積雪で一面の雪景色の中、何度も凍ったり解けたりを繰り返し、やがてカラカラのあめ色に干し上がる。戻し汁と一緒に煮込むと最高においしいそうだ。
他にも長野県茅野市で作られる保存食の「凍み豆腐」(写真②)や、塩漬けにした唐辛子を雪の上でさらす「かんずり」(新潟県妙高市)や、老夫婦が作る「柚餅子」(静岡県浜松市)など、干されることでうま味が増したり、保存性が高まるさまざまな食材や食品が生まれる現場を撮影。
もうひとつの日本の原風景といっても過言ではない、刈り取った稲を天日干しする「はざかけ」の風景ももちろんある。
岩手県一関市では、刈り取った稲を田んぼにらせんに重ねる「ほんにょ」と呼ばれる独特のやり方で干すなど、同じ「はざかけ」でも土地によって異なる風景が生み出される。
口に入るものだけでなく、素材の竹の青みをとるために天日に干す扇子用の「扇骨」(滋賀県高島市)や、神社やお寺の屋根の「こけら葺き」に使用される「こけら板」(長野県木曽郡大桑村)、そして富士山頂近くの山小屋で日本一太陽に近い場所で干される布団まで(写真③)。
見ているだけで太陽のエネルギーがこちらにも充満してきそうだ。
(光村推古書院 2640円)