「ろうと手話」吉開章著
ろう者が直面してきた生きづらさや問題を詳述しながら、多くの聴者が知らない手話を取り巻く環境や歴史を明らかにする。
日本のろう教育は明治時代に始まり、指文字や手真似などを使った「手勢法」という方法で教育が行われていた。ろう児の間で自然発生的に使用されていた手話に注目し、教育に活用していたのだ。ところが世界に目を向けると、口の動きを読み取らせる「口話法」の方が“優秀”であるとされ、1880年にミラノで開催された第2回ろう教育国際会議で、教育現場での手話使用を禁止するという決議が採択された。
この動きはすぐには日本に伝わらず、独自の手話が確立されていった。しかし大正時代に、アメリカの宣教師が日本ろう学校を設立し口話法を広めたことがきっかけとなり、ろう教育の場での手話が禁止されてしまった。当時の口話法による教育はスパルタ式ともいえる厳しいもので、多くのろう児がついていけるものではなかったという。結果、手話を習得する機会もなく、口話法からも脱落し、人格形成に極めて重要な母語が身に付かずに、ろう者は社会生活の不利益を被ってきたと著者は言う。
手話普及の取り組みが再開されたのは戦後のことであり、文科省の学習指導要領にろう学校での手話が明記されたのは2009年になってからだ。本書では、ろう者独自の「日本手話」と、日本語の文法に沿った「日本語対応手話」との違い、そして手話を使わないろう者についても解説しながら、音声コミュニケーションに頼った人が圧倒的多数である社会の課題を投げかけている。無理解や無関心をなくすことこそ、誰もが生きやすい社会につながることに気づかされる。
(筑摩書房 1650円)