「図説 世界の水中遺跡」木村淳・小野林太郎編著
先日も107年前に沈没した英国の南極探検隊の船「エンデュアランス号」が南極大陸沖の海底で見つかったニュースが世界を駆け巡ったように、世界中の海にまだ発見されていない多くの遺跡が眠っている。
本書は、現在見つかっている水中遺産の中から世界史的視点で選んだスポットを、学術的な背景を踏まえて紹介するグラフィックガイド。
東地中海で発掘された約3300年前、後期青銅器時代の交易船「ウルブルン船」は、現在、見つかっている沈没船の中では最古級だ。その船底には、青銅品の鋳造に欠かせない材料の銅の鋳塊10トンが、積載当時の様子をとどめたまま整然と並んでいたという。
さらに同船からは合金青銅の原料である錫や、世界最古級のコバルト青色ガラスの原材料なども見つかり、同船が製品に加工前の原料を輸送する船であったことが分かっている。
他にも、上流階級向けの交易品や、カナン地域(現在のシリア・パレスチナ地域沿岸)で生産された壺なども見つかっており、紀元前14世紀の地中海東側の交易において、シリア・パレスチナ系の航海民が活躍し、貴族など上流社会との関係を持つ者が乗り合わせていた可能性があるという。
同時に同船の発見は「地中海の後期青銅器文明社会が海上交易によって機能し、青銅器製品の生産には銅の流通が不可欠で、海上交易者が介在していた」ことを語る沈没船遺跡として高く評価されているそうだ。
一方、エジプトのアブキール湾西側の沖合では、アレクサンドリア以前に栄えた古代港市が見つかっている。ヘラクレスが足を踏み入れた地に由来するその港「ヘラクレイオン」の存在は、パピルス文章や碑文によって知られていたが、1992年から発掘事業が始まり、海岸から6キロほどの海底に全長150メートルに及ぶ周壁を持つ神殿などが発掘されている。
他にも巨像や軍用船とともに、エジプトのアメン・ゲレブ神(ギリシャでのヘラクレス)に奉納された大型の祠堂やステラ(石碑=写真①)も見つかり、これらの碑文からこの地にあったのが、ギリシャ人がヘラクレイオン、エジプト人がトーニスと呼ぶ同一の港市であったことが判明している。
1902年にはギリシャ・ペロポネソス半島南端とクレタ島の間に浮かぶアンティキセラ島の沖合からブロンズ像などと一緒に引き揚げられた紀元前1世紀ころの遺物で、太陽と月の運行を計測するための装置と考えられ、世界最古のコンピューターとも呼ばれる「アンティキセラメカニズム」や、カエサルやアウグストゥスらローマ皇帝も好んで滞在したというイタリア・ナポリ湾に沈んだ古代ローマ時代の温泉保養地・バイア遺跡、そして鎌倉時代の弘安の役(1281年)で沈没した蒙古軍の遺物が見つかった長崎県・鷹島海底遺跡など、日本の遺跡も含めて30余スポットを紹介。
発見後に博物館に収蔵された遺跡・遺物もあるが、多くはまだ水中にあり、水の中に入らなければお目にかかれない貴重な遺跡だ。
(グラフィック社 2750円)