「話すことを選んだ女性たち」アナスタシア・ミコバ ヤン・アルテュス=ベルトラン著、清水玲奈訳
誰もが男か女か、いずれかの体を与えられ、この世に生まれてくる。しかし、これまでの長い歴史で、人類の半分を構成する女性たちの人生は、男性のそれとは比較できないほど多くのハンディを負わされてきた。
そのハンディは、それぞれが生きる土地の文化や宗教、歴史、そして家族によって大きく異なる。本書は、「今日の世界で女であるということはどういうことか」という疑問についての答えを提示するべく、現代を生きるさまざまな女性たちの声を聞く「ウーマン・プロジェクト」から生まれたインタビュー&ポートレート集。元大統領から市井の女性まで、世界50カ国・地域に暮らす2000人へのインタビューから約60人分を収録する。
著者の一人で映画監督のミコバ氏がこのプロジェクトを実現させる原動力となったのがメキシコ出身のアスリート、ノルマさんとの出会いだという。
過去最長のトライアスロンを成し遂げ、ギネスブックにもその名が載るノルマさんは、誰もが憧れるような女性だ。しかし、その笑顔は、ありとあらゆるつらい経験を乗り越えた末に獲得されたものだった。
少女時代、介護をしていた視覚障害者の祖父に性的虐待を受けた彼女は、数年後、その苦痛から逃れるために向かった日本で強制売春の被害に遭う。その後、カナダで人生をやり直し、結婚して子供を授かるが、祖父の病を受け継いだ息子は視力を失っていく。
やがて彼女は、うつになり、アルコールに溺れる。それでも育児をしなければならず、酒を飲まないようにするために外に走りに出たのがきっかけとなり、アスリートへの道を歩み始めたという。
人生で一番つらかったのは、なによりも自分が受けていた暴力について告白することだったと彼女は語る。それでも語り続けるのは、沈黙があんな事態を招いてしまったからだ。
インタビューは、強い女性だと思っていた彼女が泣き崩れて突然終わったそうだ。どんなにつらくても話さなくてはならない──本書には、そんな女性たちの声が詰まっている。
持参金が不十分という理由だけで結婚相手に酸をかけられ、顔に消えない傷を負わされたマムタさん(インド)、誘拐された娘を救い出すため身代わりになって体を差し出した活動家のフリサさん(コロンビア)、妊娠して出産を希望したがパートナーに違法な中絶を強要され、警察に連行され起訴されたシャベーラさん(モーリシャス)、しきたりに従い夫を亡くした後、自宅を夫の親族に引き渡すため着の身着のまま家を出たアンジェリークさん(コンゴ)、一夫多妻の結婚生活で愛する男を他の女性とシェアしなくてはならず毎日死ぬ思いをしているというナヒデさん(トルコ)など。これまで心に秘めて、誰にも打ち明けることのなかった本音を赤裸々に明かす。
その声を耳にして、男性たちは気がつくはずだ。身近な女性たちのことを自分はどれほど分かっていただろうかと。
(日経ナショナルジオグラフィック社 3080円)