孤独な大富豪が旅芸人の女を追って旅に
モノンクルこと「ぼくの伯父さん」。といっても若い世代はきょとんとするかもしれないが、フランスの喜劇俳優・監督ジャック・タチの永遠の名作。しゃれた紅緋色をバックにした有名なポスターは長いこと筆者の仕事場を飾っていたものだ。
でもあの絵図を描いた人物にまでは気が回らなかった。うかつなことに、あの絵師にして出演者、かつ自身も映画監督だったという人のことは知らなかったのである。それがピエール・エテックス。この年末から年明けに都内で彼の作品を集めて開かれるのが「ピエール・エテックスレトロスペクティブ」だ。
長編4作、短編3作の特集上映の中で、まず特筆すべきは長編2作目の「ヨーヨー」(64年)だろう。サイレント映画ばりの仕立てで登場するのは召し使いたちにかしずかれて館に住む孤独な大富豪。しかし、大恐慌であえなく破産。彼はかつて恋した旅芸人の女を追って旅に出る。彼女の幼い息子が実は彼の子だと知ってからは親子3人水入らずの幸せな日々になるが……。
顔立ちはキートンだが、ハロルド・ロイドのようにはつらつたるエテックスのたたずまいがいい。道化師の経験もあるそうだが、身のこなしにほどのよさがある。ロベール・ブレッソンの「スリ」にも出演したというので探したらなるほど見事なスリの技だった。
ちなみに映画製作のきっかけはタチとの付き合いからだったそうだが、うれしいことに特集上映と時を同じくしてジャン=クロード・カリエール著「ぼくの伯父さん」(中央出版 1870円)が、エテックスの挿絵つきで邦訳刊行された。
マルク・ドンデによる伝記「タチ──『ぼくの伯父さん』ジャック・タチの真実」(国書刊行会)はあいにく事実上の絶版状態なのだが、古書で探してでも合わせて読みたい。正月休みの楽しみにぜひ。<生井英考>