国際派女優となった島田陽子さんを“潰した”のは誰だったのか?
島田陽子さんが亡くなった。3年前から大腸がんを患い、闘病生活を送っていたそうだ。ワイドショーでさんざん扱われ、僕らもあらゆる場面で直撃取材を試みたことを覚えている。1980年の米NBCテレビドラマ「将軍 SHOGUN」のヒロイン役が当たり、27歳の若さでゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞した。そして「国際派女優」として大物の扱いになったのだが、あの故・内田裕也さんと不倫関係になり、内田さんと妻の故・樹木希林さんの離婚裁判のきっかけをつくった格好だ。
その後は多額の借金問題や金銭トラブルが続出し、最初こそ事情説明の囲み会見をしたこともあったが、次々に発覚することから答え切れずにノーコメントで逃げるような事態になった。当時のワイドショーは、彼女が別に返答しなくても、その姿を放送するだけで話題のひとつとして成立した。いわば、ワイドショースターだった。
■僕も取材でヨイショしすぎた
その頃、僕はなかなか取材できない彼女にツテがあって、単独インタビューができることになった。“大物”だから「横浜近辺に良いスペースを見つけて用意して」というので、海のそばの高級ホテルのスイートルームを時間借りした。その上でバルコニー側のカーテンを全開にし、そこから差し込む光に負けないくらい、照明キットをいつも以上に立て、イヤというほど明るくした。彼女に限らず女優というのは皆、照明が強いほうを喜ぶもの。多少のシワなら飛んでしまうと信じているからだ。