合理的にあり得ない2 上水流涼子の究明
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第一話 倫理的にあり得ない(21)実の父子以上に仲はいいよう
「そこで引き下がらないところが、ユウジの質の悪さね」 涼子がつぶやくと、貴山はジャケットの匂いを嗅ぎながら、吐き捨てるように言った。 「それは女も同じです。ユウジの話に乗ったんですから」…
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第一話 倫理的にあり得ない(20)小さな声で、元夫の子供ではない
ユウジは金の話が好きだった。酒の席ではいつも金がらみの会話になる。それなのに、この日は金の話をせず、上機嫌で酒を飲んでいた。 不思議に思った奈美が、なにかいいことあったのか、と訊くとユウジは…
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第一話 倫理的にあり得ない(19)女の移り香なんて男冥利じゃない
レンが自分の分のハイボールを作ると、奈美はそのグラスに手を伸ばした。さきほどレンが自分にしたように、レンの手を取りグラスを握らせる。 「さっきのお礼。レンくんも酔ってるようだから、しっかり持っ…
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第一話 倫理的にあり得ない(18)彼らには関わらないほうがいい
画像だと化粧をしてないから最初はわからなかったが、この嫌な目つきで思い出した。 「さっき話してた、ユウジに入れ込んでた客よ」 「間違いないですか?」 奈美は改めて、画像を見る。す…
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第一話 倫理的にあり得ない(17)画面にはジャージ姿の冴えない女
そう考えると、奈美は気分がよくなった。恋愛と名のつくものは、現実だろうが疑似だろうが駆け引きが楽しいのだ。奈美はレンの気を引くために、少しもったいぶって答えた。 「そうねえ、ユウジもいい男だっ…
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第一話 倫理的にあり得ない(16)何も言わず、グラスを差し出す
ハイボールを飲み干すと、奈美は大きなため息を吐いた。隣にいたタクミが急いでおかわりを作る。 「奈美さん、今日はピッチ早いっすね。俺もおかわりいいっすか?」 冷めた目でタクミを見ながら、…
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第一話 倫理的にあり得ない(15)画面には赤い髪にピアスの男
女が出崎に背を向けた。次第に小さくなっていくヒールの足音を、出崎はどうすることもできず聞いているしかなかった。 出崎からユウジの話を聞いた涼子は、急いで携帯から貴山に電話をかけた。涼子からの…
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第一話 倫理的にあり得ない(14)視界に映るビルの合間の狭い夜空
やがて出崎は、男の呼び名を思い出した。 「そうだ、ユウジだ」 一度だけ、ふたりが出崎の近くに座ったことがある。飲み物を買うために席を立った男を、女はユウジと呼び止めた。昔、流行った刑事…
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第一話 倫理的にあり得ない(13)路地の突き当りで女が振り返る
だらしなく伸びた鼻の下を戻し、出崎はブザーを押して店員を呼んだ。 「カモなら他を探せ」 冷たく言い放ち、缶コーヒーの残りを一気に飲む。女は出崎の言葉を無視して、肩にかけていたショルダー…
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第一話 倫理的にあり得ない(12)大当たりした男を狙う美人局か
液晶画面が激しく点滅し、敵の大将が断末魔の声をあげて倒れる。画面に金色の文字で大きく『V』の文字が表示された。 「やった!」 出崎は思わず大きな声をあげた。周りの客がこちらを見る。通路…
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第一話 倫理的にあり得ない(11)目をつけた女の台を辛抱強く狙う
涼子は自分の机に戻り、椅子に座った。腕を組み、背もたれに身を預ける。 「私も話を聞いたとき、遺産目当てかもしれないって思った。直人くんの親権を手に入れて、安生になにかあったとき、自分もおこぼれ…
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第一話 倫理的にあり得ない(10)女は賢くて、欲深く、狡い
貴山に長所はいくつもあるが、そのひとつは割り切りがいいところだった。腹を決めるまではぐずぐずしても、そうと決まれば文句は言わない。実直に仕事をこなす。 「親権を渡す気がない安生から、どうやって…
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第一話 倫理的にあり得ない(9)扇子のように広げた手付金
香奈江はほっとしたように息を吐くと、横に置いていた自分のバッグを手に取った。 「必ず直人の親権を奪い返してください。このお金は、そのときにお渡しします」 テーブルのうえの五百万円を、香…
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第一話 倫理的にあり得ない(8)今まで放っておいたにのなぜ
「この依頼──」 お引き受けいたします、涼子がそう言おうとしたとき、ずっとパソコンを叩いていた貴山が横から話を遮った。 「どうしていまなんですか」 「え?」 香奈江が驚いた…
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第一話 倫理的にあり得ない(7)離婚の条件に親権を要求
声を詰まらせた香奈江に、涼子は紅茶を勧めた。香奈江が来たときに貴山が淹れたものだ。香奈江は紅茶を少し口にして、話を続ける。 「安生が変わったのは、結婚してから三年目でした。いつも明るかった人が…
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第一話 倫理的にあり得ない(6)雨の中、タクシーを待った理由
タクシー乗り場に屋根はあるが、そんなものは役に立たないほどの横殴りの雨で、安生の足元はずぶ濡れだった。 「気の毒になり、気が付くと駆け寄って自分の傘を差しかけていました。安生は驚いて、私が濡れ…
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第一話 倫理的にあり得ない(5)息子の親権を取り戻して
貴山が丁寧に頭を下げる。涼子は香奈江に向き直った。 「口は堅く信頼できる男ですので、なにを話してもらっても大丈夫です。外に漏れることはありませんので、ご安心ください」 「はあ──」 …
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第一話 倫理的にあり得ない(4)餌じゃありません!食事です!
安心したら紅茶が飲みたくなった。貴山に淹れてもらおうと後ろを振り向くと、貴山が厳しい顔で涼子を見ていた。 涼子はびくりとして、わずかに身を引いた。 「な──なによ。怖い顔して」 …
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第一話 倫理的にあり得ない(3)絶対に解決いたします
貴山はマロに頬ずりをした。 「よしよし、大丈夫。ずっと僕と一緒だよ。なにも心配ないよ」 涼子は天井を見上げて、大きなため息をついた。マロに向ける愛情の半分でも、人に向けてくれたらいいの…
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第一話 倫理的にあり得ない(2)ケージには保護した子供のカラカル
涼子は、急いで貴山の前に回り込んだ。腰をかがめ、仏壇を拝むように顔の前で手を合わせる。 「ね、このとおり。私とあなたの仲じゃない」 貴山は再び涼子にくるりと背を向け、もとのように机に向…