合理的にあり得ない2 上水流涼子の究明
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第二話 立場的にありえない(3)相変わらず冴えない風貌の丹波刑事
泣きっ面に蜂ではないが、この慌ただしいときにいったい誰だ。涼子は目で、来客を確かめるように促す。 インターフォンを覗き込んだ貴山が、勢いよく涼子を振り返った。 「丹波さんです」 …
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第二話 立場的にありえない(2)マロが絡むと貴山は腑抜けに
携帯の向こうで、丹波が鼻で笑う気配がした。 「お前みたいなじゃじゃ馬、こっちから願い下げだ」 口が悪いところも、いつもと変わらない。 「それで、今日はどうしたの。電話なんてめずら…
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第二話 立場的にありえない(1)あんた、いつ刑事から医者になったの
事務所のソファのうえで、上水流涼子は眉間に皺を寄せた。 「もう一回、言ってくれる?」 ローテーブルを挟んだ向かいのソファには、丹波勝利が座っていた。丹波は苛立たし気に、舌打ちをくれた。…
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第一話 倫理的にあり得ない(38)マロを社員にして客引きに
香奈江がいなくなると、貴山はすぐさまマロのケージへ駆け寄った。マロをケージから出し、そっと抱く。 「怖かったかい。もう大丈夫だよ」 ソファに腰を下ろした涼子は、貴山を半ば呆れながら見つ…
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第一話 倫理的にあり得ない(37)ドアに向かって毒づく
涼子の耳に、ぎりっという音が聞こえたような気がした。それほど強く、香奈江は奥歯を噛みしめた。涼子を睨みつけ、声を震わせる。 「最後にひとつだけ伝えたいことって、なに?」 涼子は香奈江の…
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第一話 倫理的にあり得ない(36)貴山の手にはICレコーダー
涼子はソファの背もたれに身を預け、脚を組んだ。立ったままふたりのやり取りを眺めている貴山に言う。 「ちゃんと録れてる?」 貴山が羽織っていたジャケットの内ポケットから、小型の機械を取り…
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第一話 倫理的にあり得ない(35)金より大事なものを知ってるの
香奈江の怒声に怯えたのか、パーティションの後ろから、マロのか細い鳴き声が聞こえた。貴山は顔色を変えてソファから立ち上がると、香奈江のそばへ行き肩に手を置いた。 「さきほど私が言ったこと、聞こえ…
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第一話 倫理的にあり得ない(34)解決できないってどういうこと?
涼子は想像を巡らせる。 ふたりの後ろから、小さな男の子が駆けてきた。男の子はふたりに追いつくと、安生の前に回り込み、安生が膝にかけているブランケットのうえにひろってきたどんぐりを広げた。安生…
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第一話 倫理的にあり得ない(33)どんな結果でも親子関係は崩れない
貴山は朗読のように、淡々と持論を語る。 「安生が、直人くんを実の子ではないと思いつつも親権を持ったのだとしたら、DNA鑑定でどんな結果が出ようとも、安生の直人くんに対する向き合いはかわらない。…
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第一話 倫理的にあり得ない(32)答えが得られないようなら解雇
貴山が眉間に皺を寄せた。 「だから、私はなにも知らないって言っているでしょう」 涼子は引かない。さらに食い下がる。 「じゃあ、どうしてあんな危ないことしたの。一歩間違えれば、あの…
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第一話 倫理的にあり得ない(31)私たちの約束ごと、覚えてる?
貴山が優しい笑みを、顔に浮かべる。 「よかった。嬉しいよ」 直人も笑う。 「そんなこと、当たり前だよ。お兄ちゃんの気持ちを、マロはちゃんとわかっているよ。ね、お父さん」 …
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第一話 倫理的にあり得ない(30)お兄ちゃんがそう思うなら家族だよ
思いがけないことだったのだろう。安生は驚いた様子で直人を見た。 「直人?」 「僕に訊きたいことって、なに?」 直人は覚悟を決めるように、自分が背負っているリュックの肩ひもを両手で…
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第一話 倫理的にあり得ない(29)敵から息子を守るようなしぐさ
貴山が言う。 「僕はお父さんの知り合いだ。お父さんと会うのは久しぶりだから、ちょっと話し込んでしまった。待たせてごめんね」 馬鹿野郎。 涼子は、心で貴山を怒鳴りつけた。安生と知…
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第一話 倫理的にあり得ない(28)貴山が安生の背中を見つめる
貴山を見ていると、人間が持っている資質は、みな同じなのだと思う。誰もが一〇〇の能力を持っているとしたら、そのバランスが違うだけだ。例えば、運動能力が八十あるとしたら、音楽に関する能力は二十といった感…
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第一話 倫理的にあり得ない(27)香奈江に親権は渡さない
安生は記憶を辿るように、遠くを見た。 「香奈江から妊娠を知らされたとき、私は不安になった。言い訳がましいが、私は特別、嫉妬深いわけじゃない。もしそうだったら、香奈江の夜遊びなど許していない。私…
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第一話 倫理的にあり得ない(26)DNA検査の必要はないんです
安生が歩き出す。その背に涼子は叫んだ。 「我が子として育ててきた息子さんが他人の子だなんて、信じたくない気持ちはわかります。でも、いま目を背けていいんですか」 安生は足を止めない。歩き…
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第一話 倫理的にあり得ない(25)それでも父親であり続けられるのか
涼子は落ち着いた声で、安生に言った。 「その息子さんが、息子さんでなかったとしたら、あなたはどうしますか」 言葉の意味がわからない、というように、安生はかすかに首を傾げた。涼子は覚悟を…
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第一話 倫理的にあり得ない(24)私を調べている目的はなんだ
薄闇のなか、車のなかで涼子が貴山からの連絡をじっと待っていると、運転席の横に置いていた携帯が震えた。画面に貴山の文字が表示されている。 「来た?」 携帯に出ると、涼子は前置きもせずに訊…
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第一話 倫理的にあり得ない(23)マロは貴山の優秀な助手
貴山は頷きながらも、反論する。 「日常においてはそうでしょう。明日の仮説より、今日を過ごすことだけで精一杯の人が大半ですからね。でも、金をもらって依頼を請け負っている自分たちは、そうであっては…
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第一話 倫理的にあり得ない(22)こんなに難しい依頼だとは
涼子は、ぐったりとして天井を仰いだ。 「あ~、まいったなあ」 「なにがですか?」 貴山にしてはめずらしく鈍い。涼子はきつい口調で言った。 「なにがって、この依頼に決まってる…