「木村伊兵衛のパリ」木村伊兵衛著 田沼武能監修
その名を冠した賞で有名な写真界の巨星・木村伊兵衛(1901~74年)がパリを撮影した大型写真集(2006年刊)のポケット版。一般人の海外旅行が許可されていなかった1954年とその翌年にパリを訪ねた折の作品を中心に収録する。
落ち葉が埋め尽くす広場のベンチに座る恋人たちを撮影した一葉。そこだけがまるで目に見えないドームで覆われているかのように2人の時間が流れているのが、作品から伝わってくる。
陽気でおしゃれな露店のチーズ屋の親父、レストランのテラス席に座る美しいパリジェンヌ、そして路上で寝込む放浪者など。
60年前のパリの日常の点景に町のざわめきまで聞こえてきそうだ。
何げなくカメラを向けたような普段着のパリを撮影した作品が並ぶが、実は周到な計算が尽くされている。パリジェンヌを写した作品の解説では、背景となる歩道を通る人の洋服の色にまで配慮してシャッターを切ったとある。
リアリズム写真運動の推進者であった氏だが、中にはモードな帽子をかぶったマヌカンが美しいポーズでおぼろげに浮かび上がり、まるで印象派の絵画を見ているかのような作品もある。これは、帽子店のアトリエで室内の照明光と背景から差し込む太陽光の悪条件を逆手に撮影したという。