「広重『名所江戸百景』の旅」安村敏信監修
歌川広重の遺作にして最高傑作として知られ、かのゴッホやモネら西洋の巨匠たちにも影響を与えた「名所江戸百景」全119作品を解説したアートムック。
浮世絵は、地方の人が江戸土産として買うもので、江戸名所と銘打つならば本来は「ここに行ってきた」と自慢できるような名所の「押さえどころ」が描かれなければならない。ところが、広重が描くと、日本橋も橋の欄干の一部と棒手振りが担ぐ桶の中のカツオの図になってしまう。題名に「日本橋江戸ばし」とあっても、それが日本橋とは分からない風景だが、江戸っ子には擬宝珠のかたちからすぐにそれと分かり、橋のたもとにある魚河岸から仕入れた初ガツオを売りに行くところだと絵の背景まで察していたはずだという。
花見も桜の名所として知られている道灌山から少し離れた「日暮里諏訪の台」を描いてみたり、名所とは名ばかりで、江戸っ子たちにも知られていない場所も描かれており、このシリーズは江戸の新しい魅力を江戸っ子たちに向けて発信する意図があったようだと監修者の安村氏は推測する。
一方で、修復された浅草寺五重塔九輪が風景に入る「浅草金龍山」や、山王祭の開催を祝うような「糀町一丁目山王祭ねり込」のような画題もあり、前年の「安政の大地震」からの復興を祝うために描かれたという説もあるそうだ。