「へんぶつ侍、江戸を走る」亀泉きょう著
将軍の駕籠(かご)を担ぐ御駕籠之者組の一員、明楽久兵衛は、江戸の下水を熟知する変物(へんぶつ)で通っている。芸者の愛乃(えの)に夢中だったのだが、水茶屋の前で番太に、愛乃がついさっき死んだと知らされた。早桶代わりの油樽をのぞいて、久兵衛は思わず息を止めた。愛乃の両目は落ちくぼみ、舌先が唇から出ている。銀の簪(かんざし)を愛乃の唇に差し込むと黒く変色した。これは一服盛られたな……。
久兵衛が愛乃に贈るつもりで注文しておいたすだれには愛乃の大首絵が描かれていた。久兵衛はそれを将軍の駕籠の御簾(みす)に貼ったが、それを見た老中は息をのんだ。あの女だ。
一人の芸者の死によって明るみに出た政争を描く、新鋭の時代小説。
(小学館 1600円+税)