「ネット興亡記」杉本貴司著/日経BPM
本書は、日経新聞の現役記者である著者が、日経電子版と日経産業新聞に同時連載した「ネット興亡記」をベースにして書き下ろしたものだ。
日本でネットビジネスが本格化してから、まだ30年ほどしか経っていないが、その短い間にも栄枯盛衰が繰り返されてきた。本書は、ネットビジネスをリードしてきた人々が、何を考え、どのように行動し、その結果何がもたらされたのかを取りまとめたものだ。いまや主力産業にまで成長したネットビジネスの経済史であり、経営学であり、産業論でもある。
本書は著者の100人以上に対する取材を基礎にしている。ただ、証言を並べるのではなく、そこから導き出される物語を描き出しているので、学術的な価値があるうえに、読み物としても十分楽しめる。小説を読むより、はるかに面白かった。
本書には、藤田晋、孫正義といったネットビジネスの巨人から、あまり有名でない人まで、さまざまな人物が登場するが、私が最も興味を抱いたのは、堀江貴文氏を描いた部分だった。
ニッポン放送買収騒動のとき、私はニッポン放送の朝の情報番組のパーソナリティーをしていたので、堀江氏とは直接口論をし、そして非難を続けた。だが本書を読んで、分かったことがたくさんあった。例えば、堀江氏が私の番組に出演したとき、これから買収したい企業はという私の問いに堀江氏は、「東京キー局です。儲かってないように見えるが、給料を普通のレベルに下げれば高収益になる。ただ、テレビ局の買収は難しいんですよ」と答えた。それからしばらくして買収計画が発表されたので、私は堀江氏が私の番組中に思い付いたのだと思っていた。だが、実際にはそれより少し前で、持ち掛けたのは、村上世彰氏だった。その他にも、堀江氏が堅実なIT実業家から投機家に変貌した理由も、本書を読むとよく分かる。
本書のテーマではないのでやむを得ないのだが、ライブドア騒動で老後資金を失った一般投資家や天職を失い自ら命を絶ったニッポン放送のアナウンサーのことなどに触れていないのが少し残念だが、757ページの大部が2000円で買えるのは、とてもお買い得だ。 ★★★(選者・森永卓郎)