タレント黒岩唯さん 全身脱毛症を語る「この病気だからできることを全部やりたい」

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黒岩唯さん(タレント/20歳)=全身脱毛症

 4歳のある朝、枕にいっぱい髪の毛がついていて、「あ、抜けてる」とびっくりしたのを今でも覚えています。

 母に聞いた話では、1歳半のときに円形脱毛症が1つできたのをきっかけに、2歳では3つに増え、3歳になったときに初めて血液検査を受けたそうです。でも「異常なし」で、ステロイドの塗り薬を処方されただけでした。そのころは母手作りのエクステ(つけ毛)つき帽子をかぶって保育園に通っていました。

 でも、5歳にかけて眉毛とまつげがなくなり始め、頭髪の抜け毛も増え出したので、治療法を探し求めて住んでいた三重県から大阪や名古屋の病院に行くようになりました。

 いろいろな病院でいろいろな治療法を試しました。たとえば、イソフラボンやカプサイシン、亜鉛のカプセルを毎日21錠も飲む「サプリメント療法」や、よく覚えていないですが「局所免疫療法」、頭皮にうるしを塗ってかぶれさせて毛髪の再生を促す「うるし療法」など……。中には母が同意書にサインしなかったものもありましたけれど、遠くまでよく通っていました。

 7~8歳のときには、赤外線を10~20分ほど頭皮に当てる「赤外線療法」もやりました。それが5回も通ったあとになって、医師から「僕らもこれをどのくらいの量で何回照射すればいいのか、よくわからないんです。もしかすると皮膚がんになるかもしれません」と言われたそうで、すぐにやめました。

 試した治療はどれも効果がなかったことに加え、最終的に毛根チェックで「全体の半分以上の毛根が死んでいる。何をしても生えてこない」と告げられまして、そのあとは病院に行くのをやめ、家でできる冷水と温水を交互にかぶる刺激療法などをやっていました。でもやはり効果はなく、冬の冷水が寒すぎてそれもやめました。

 学校にも事情を話し、授業中でも帽子をかぶっていましたが、休み時間に高学年の子に帽子を取られて指をさされて笑われたりしました。プールは一度も入ったことがなく、体育の授業で鉄棒を回ったら帽子が飛んでしまって、嫌な思いをしたこともあります。

 中学生になるとウィッグをつけるようになったので、外見は目立たなくなりました。けれど、やはり熱がこもって夏は暑くて大変なんです。ちょくちょく保健室に行ってウィッグを外して過ごしたり、職員室の冷凍庫に保冷剤を入れさせてもらって、休み時間に冷やしたりしていました。

 一番つらいと思ったのは、女子同士でヘアアレンジを楽しんでいる輪に入れなかったことです。頭を触られたらわかってしまうので、遠くから眺めて羨ましく思っていました。人から何か言われて傷つくというよりも、やりたいことができないことだったり、それを病気のせいにしている自分に気付いて苦しかったです。

ウィッグ8個を使い分けて楽しんでいます

 アイドルになろうと思ったのは、この病気でアイドルになれたら同じ病気の人たちに「この病気でも自信をもって人前に立てるんだよ」と伝えられると思ったからです。15歳で「STU48」のメンバーになれたときは本当にうれしかった。でも、病気のことを公表したのは去年です。大きなきっかけは、「新型コロナ感染症の後遺症で円形脱毛の人が増えた」ということを知ったからです。

 ちょうど今の所属事務所に誘われたタイミングだったので、公表して全身脱毛症という病気があることを広められたらいいなと思いました。

 今はウィッグ8個を日によって使い分け、生活を楽しんでいます。ロングヘア、ショートヘア、ハイトーン(金髪)、高級なもの、安価なものなどいろいろ持っています。でも、ウィッグは丁寧にお手入れをしても1年持つか持たないか。自分自身の洗髪はめっちゃ簡単ですけど、ウィッグのシャンプー&ドライヤーは時間がかかります。

 人毛と人工毛のミックスが多いのですが、すぐに絡まるので外出しても常に気になります。風の日は特に嫌いで、帽子をかぶって固定するんですけど、夏はウィッグだけでも暑いのに帽子もかぶるとさらに暑いし、重いし、かゆいしの三重苦なんです。なので、自宅ではなるべく外して“皮膚呼吸”させています。

 小学生の時から「この病気は一生抱えなきゃいけない。へこんでいたらダメだな」と考えて、学校で嫌なことがあっても家では元気にふるまっていました。病気があったから強くなれたと思います。ひとえに母を悲しませたくなくて、前向きに考えるクセがついたおかげです。

 同じ病気の人には「病気だからできない」と決めつけないで、やりたいことをやってほしい。結局できないかもしれないけれど、思ったほど無理じゃないこともあるんです。

 私もネガティブにならず、この病気だからできることを全部やりたいと思っています。

(聞き手=松永詠美子)

▽黒岩唯(くろいわ・ゆい) 2002年、三重県生まれ。17年春にアイドルユニット「STU48」の正式メンバーになり、同年秋にグループでの活動を終了。全身脱毛症を公表し、21年からタレント活動を再開した。大手企業をはじめ、さまざまな取り組みから声がかかっている。

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