ヤクルト
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不動の4番・広沢さんの“オーバーリアクション”に戦々恐々
僕が一軍に定着するようになった1990年、広沢克実さん(58)はすでに主砲としてバリバリのレギュラーでした。 野村監督が就任した90年からは多くの試合で4番広沢さん、5番池山さんのタッグ。ふたりが並んだ「HI砲」を覚えている...
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“怒られるまでやっちゃえ”だった川崎憲次郎が技巧派に変身
ヤクルト黄金時代に活躍した投手のひとりが、川崎憲次郎(49)です。 僕の2年後輩ですが、なんというか……気を使わないというか、なれなれしいというか。僕のことを「哲ちゃん」と呼ぶんですからね。昔から、あまり上下関係を気にしない...
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夜中の屋上で…ロマンチストなギャオス内藤の意外な趣味
ドラフト同期で仲が良かった選手といえば、同い年のギャオスこと内藤尚行(51)です。彼とは高卒1年目から常に一緒に行動していました。ここで書けない話も、たくさん知っています。 同期の中で、彼が一番初めに一軍に昇格したときは正直...
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土橋勝征は僕と犬猿の仲だと思われていた同郷同期入団選手
無口でマジメ、黙々と練習をし、決してグチや弱音を吐かない――それが野村ヤクルトのいぶし銀、土橋勝征(51=現ヤクルト二軍内野守備走塁コーチ)です。 僕とは同じ千葉県出身で、1986年のドラフトも同期(土橋は2位指名)。高校時...
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伊藤智仁のスライダーはまるで「交差点の左折同士」だった
伊藤智仁(49=現楽天投手チーフコーチ)のスライダーは日本一、いや、世界一だと言っても過言ではないでしょう。彼が活躍した年は何年もありませんが、強烈なインパクトをファンのみならず、僕ら選手にも与えてくれました。 ルーキーイヤ...
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宮本慎也からダメ出し「飯田さんはもっと練習していれば」
自分にも厳しいが、人にも厳しい。それが宮本慎也(49)です。 守備に関しては入団時から折り紙つきで、センスも抜群。ただ、バッティングは非力で、当初は「あとは打つ方さえしっかりしていれば……」なんて声がチーム内でもありました。...
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永遠の野球小僧・高津臣吾ほど守りやすい投手はいなかった
今季からヤクルトの監督に就任したのが、高津臣吾(51)です。彼は大卒なので入団は同期ではありませんが、同じ昭和43年生まれ。家も近かったので、独身時代はしょっちゅう2人で食事に行く仲でした。 歴代2位の通算286セーブ。ヤク...
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池山さんは豪快プレーと几帳面な性格のギャップが魅力的
黄金時代――僕がプレーしていた90年代のヤクルトをそう呼ぶらしいです。90年代はリーグ優勝4回、日本一3回。その強さもさることながら、選手の個性もバラエティーに富んでいました。 当時の中心選手のひとりが「ブンブン丸」の愛称で...
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野村監督が選手を褒めないのは「出来て当たり前」だから
僕は現役時代、野村監督と一対一で話したことはほとんどありません。正捕手の古田敦也さんは、よく監督と話していましたが、他の選手も僕と同じだったのかもしれません。作戦面の指示は別として、個人的な会話はほとんどありませんでした。その代わり...
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「フライを打ち上げたから今日は使わない」と言われた恐怖
野村監督といえば、「ぼやき」が有名です。これは報道陣の皆さん、野球ファンの方が詳しいでしょう。試合前練習で担当記者さんらを相手に談笑する光景を、今でもよく覚えています。それを記事にしたものを読んだ方も多いでしょう。では試合中はといえ...
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未経験なのに…突然の二塁起用に「はい」としか言えず
今でも本当のことなのか、信じられない思いでいます。 今年2月11日、恩師の野村克也さん(享年84)が永眠されました。突然の訃報に「まさか」と、頭の中が真っ白になったのを覚えています。だって、僕はその2週間前にヤクルトのOB会...
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「怪童」中西太さんに選手に寄り添うコーチングを学んだ
指導者になった時、自分のことを選手として育ててくれた中西太さんをお手本にした。 私がヤクルトアトムズの選手2年目を迎えた1971年、義父でもある三原脩監督と一緒にヤクルトにやってきた。選手時代に「怪童」と呼ばれた中西さんは、...
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名将・三原監督に「今日は全打席バントだ」と指示された
私がヤクルト2年目を迎えた1971年から指揮を執った「名将」三原脩監督(享年72)は「超二流選手になりなさい」と私に言った。要するにこういうことだ。 「『超一流』は王(貞治)、長嶋(茂雄)だ。クリーンアップを打つ選手が一流。お...
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G吉川尚が練習試合欠場 二塁交代制確実でFA山田哲獲り加速
巨人・吉川尚輝内野手(25)が22日、腰の張りのため、試合前練習を切り上げた。 東京ドームでのDeNA戦前、ティー打撃を行っている最中にベンチ裏に下がると、そのまま戻ってこなかった。この日の二塁は2試合連続で北村が先発。前日...
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ヤクルト奥川の右肘炎症再発防止プラン 二軍投手Cに聞いた
「キャンプ開始からの1カ月で成長できたこと? プロの環境に慣れてきたことです。これから、しっかり集中してできると思います」 1日、二軍施設で練習したヤクルトの奥川恭伸(星稜)がこう言った。 新人合同自主トレ期間中に右肘...
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巨人OP戦無観客 迅速決断の裏に袋叩きにあった9年前の教訓
巨人の動きは早かった。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、まず25日に東京ドームで29日と3月1日に主催するヤクルトとのオープン戦2連戦を無観客で実施すると発表した。 NPBが29日から3月15日までのオープン戦72試合を無...
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ヤクルト奥川“過保護”は正解 2軍キャンプ帯同はケガの功名
ヤクルトの奥川恭伸(星稜)は25日、宮崎・西都で行われていた二軍キャンプを打ち上げ、充実した表情を浮かべた。 一軍帯同で多くの注目を集めたロッテの佐々木に対し、キャンプ前に右肘炎症が発覚した奥川は、カメの歩みのごとく、ゆっく...
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ヤクルト高津監督に聞く 奥川育成プランと4番村上の期待度
二軍監督、一軍コーチを計6年間務め、今季から就任した高津臣吾監督。前年最下位からの巻き返しを図る新指揮官は、昨秋ドラフトで巨人、阪神との3球団競合の末に、奥川恭伸(星稜)の当たりくじを引いた。黄金ルーキーの育成プランをどう考えている...
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“犬猿の仲”の本当の関係 野村監督は長嶋監督嫌いだった?
野球人として、野村克也の対極にいたのは長嶋茂雄だった。 長嶋は野村にないものをすべて備えていた。野村は長嶋にないものを持っていた。長嶋は意識しなかったが、野村は強烈に意識していた。「月見草」と「ひまわり」が、長嶋でなく、野村...
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ヤクルト嶋がフタをする古巣・楽天“戦力外通告”への本音
ヤクルトに入団した嶋基宏(35)は昨オフ、楽天から減額制限を超える条件提示を受け、自由契約に。事実上の戦力外通告ともいわれ、プロ入りから13年間を過ごした杜の都を離れることになった。 昨年12月、仙台で開催された自身主催のフ...
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ホテルで2人お茶を テーブルにあった書きかけの野村ノート
「あっちへ行け」と言われたのがウソのようだった。ヤクルト監督2年目のユマキャンプ、練習休みに監督の部屋へ押しかけて、2人でお茶を、ということが許された。 ヤクルトの宿舎は、スターダストホテルといった。監督にはスイートルームが用...
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誰でも野村を好きになる 巧みな話術と照れと含蓄の魅力
野村監督ヤクルト1年目。米ユマでのキャンプ初日に取材拒否を食らった。「あっちへ行け」と、通告されたが、日本に戻って宮崎・西都の2次キャンプでは「気をつけて帰れ。いい原稿書けよ」と声をかけられるほど、関係は修復していた。 1カ...
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野村監督殺人事件 本人の逆鱗に触れ取材拒否を通告された
「日刊ゲンダイ? オマエんとこはノースピークや」 初対面の挨拶で、いきなりぶすっと言われた。 野村監督ヤクルト就任1年目。アリゾナ州ユマ・キャンプ初日。クラブハウスの前で、報道陣が監督を囲んでいる。その前で取材拒否。さ...
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ヤクルト池山隆寛氏 夜食用のラーメン当番は若手の仕事
若い頃に戻りたいと思う老人は多いし、早く大人になりたいと願う子供も少なくない。〇〇がしたいという願望がそうさせるのだが、池山二軍監督がルーキー時代に思ったのは逆。〇〇がしたくなくて早くベテランになりたいと切実に願ったという。 ...
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神宮球場の一塁側ベンチで野村監督が語った“理想の死に方”
「優勝決めた瞬間、ベンチで死んでいる。みんなが気づいたら死んでいた、っていうのがいいね」 ヤクルト監督時代の神宮球場、一塁側のベンチで、野村監督がポツリとこう言った。 「最後までユニホームを着て死にたい。理想やな。え、無...
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バレンティン直撃 燕首脳陣からの注意は「ポジティブに」
ヤクルトからソフトバンクに移籍した球界屈指の長距離砲が、新天地のキャンプでも快音を響かせている。柵越えを連発するフリー打撃は圧巻だ。一方でヤクルト時代は全力疾走を怠るなど、打撃以外のプレーがやり玉に挙げられた。競争の激しい常勝球団で...
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燕・高津監督「奥川は体づくりに専念させる投手じゃない」
「もちろん無理はさせませんが、高卒1年目だからといって、じっくり体づくりをさせるつもりはありません。しっかり投げることができるようになれば早く使いたいです」 高津新監督に話を聞くと、右ひじの炎症で出遅れている新人右腕の奥川(星...
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ヤクルト内から聞こえ始めた「奥川は慎重すぎないか?」声
“リハビリ”が順調なのは確かなようだ。 4日、右肘炎症で別メニュー調整中のヤクルト・奥川恭伸(18)が2日続けてネットスローを行った。 前日は38球、この日は55球。ワインドアップ、セットポジションとフォームを試しな...
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ヤクルト奥川は回復順調も…サイン攻めで右手への影響は?
サービス精神がアダになるか。ドラフト1位ルーキー奥川恭伸(星稜)は、宮崎・西都の二軍キャンプで初のサイン会を行った。ランチが終わってクラブハウスに戻る際に、100人ほどのファンが集まる中、15分間で約50人にペンを走らせた。 ...
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ヤクルト奥川が恐れる首脳陣の「じっくり→なる早」変心
自主トレ中、昨年から抱えていた右肘の炎症が完治していないことが発覚したヤクルトのドラフト1位ルーキー・奥川恭伸(星稜)。 キャンプは二軍スタート。炎症がなくなるまではノースローで調整することが決まっている。 首脳陣は...