「デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界」村上春樹著
「デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界」村上春樹著
レコードコレクターでもある人気作家が、「手に取って眺めているだけで、なんだか人生で少しばかり得をしたような気がしてくる」とほれ込んでいるのは、ジャズの黄金期に活躍した画家、デヴィッド・ストーン・マーティン(DSM)がデザインを担当したレコードジャケット。
自らのコレクションを紹介しながら、そのジャケットの魅力と収録されたアルバムについて語るビジュアル・ジャズ・エッセーだ。
ジャケットを重視するレコード会社がほとんどなかった時代、DSMの才能を見抜いた音楽プロデューサーのノーマン・グランツは、自ら立ち上げたレーベルで、彼をジャケットデザインに起用。1940年代後半から1950年代にかけて、2人の二人三脚によってジャズのレコードが次々と制作された。
DSMは、録音スタジオに頻繁に顔を出し、演奏家たちと親交を深め、それをもとに彼らの姿を描いた。ジャズという音楽が好きで、ジャズマンが好きだったというDSMがペンでシンプルに描いた絵には、「人間的な温かみと、ジャズのリアルな実況感が生き生きと感じられる」と著者はいう。
ビバップの象徴ともいえるサックス奏者チャーリー・パーカーの「マグニフィセント」と題された盤では、バードのニックネームを持つチャーリー・パーカーが鳥の姿で演奏しており、その周囲にも多くの鳥が描かれる。
同じく「サウス・オブ・ザ・ボーダー」では、闘牛士姿のチャーリー・パーカーが持つ黄色いアルトサックスと赤い牛の対比が見事で、DSMの最高傑作のひとつと言ってもいいと著者は絶賛する。
以降、演奏者別、ジャンル別に188枚のレコードが紹介され、ジャズ好き、アート好きの心をくすぐる。
(文藝春秋 2530円)