ピエール瀧さん「猫と歩んだ35年」ウエットになりがちな日常をドライにしてくれる存在
【10代 青春篇】脱走した飼い猫が隣の家の猫になっていた
これまでいろいろあったピエール瀧さんだが、Netflixのドラマに出演したり、約2年半ぶりに「電気グルーヴ」としてライブを行うなど徐々に活動を再開している。そんな瀧さんの復帰を陰で後押ししたのは、もしかしたらこれまで縁があった猫たちかもしれない。そして今、一緒に暮らしている3匹の猫たちが、瀧さんに再興のエナジーを与えているのかもしれない。猫好きで有名な瀧さんに「猫遍歴」をたっぷり聞いたーー。
◇ ◇ ◇
初めて猫を飼ったのは、東京に出てきた19歳のころ。姉と一緒に暮らしていた新宿の小さなアパートで、姉が知り合いからもらってきた猫と一緒に住んでいた。「ぐり」と「ぐら」だ。
昭和の時代のこと、猫は部屋と外とを出入り自由。気ままに出掛けては、ふらっと帰ってくる生活だった。しかしあるとき、猫は数日帰ってこなかった。近くを捜すと、向かいの家との境の塀をタッタッタッと歩く猫の姿が。
向かいの家の住人は小金持ちのようだったが、瀧とは仲が悪くて騒音問題などでしょっちゅう言い合いをしていたこともあり、猫を引き取りに入らせてくれとは言いづらい。するとその家の孫が出てきて、猫を「にゃとらん」と呼ぶではないか。「にゃとらん」!? 「ぐり」と「ぐら」もどうかとは思うが、「にゃとらん」って……。
あっけにとられる瀧を尻目に、猫は「にゃお~ん」と返事をして、塀から下りて孫について行った。
「なるほどな」
瀧はそう思った。そうか、瀧のとこにいるよりも、その家のほうが高級でおいしいものをくれるのだろう。猫の幸せを考えたら、きっとそっちのほうがいいんだろうな。
でもさ、「にゃとらん♪」「にゃお~ん♪」って。そりゃあないだろうよ?
【20代 青年編】押し入れを開けると見知らぬ「家族」が
それから数年後。瀧は一人暮らしをしていた。そこでも猫がいて、「ギン」という名のオス猫。やっぱり部屋と外との出入りは自由で、部屋の窓はいつも10センチほど開けておくようにしていた。
ある日帰宅すると、ギンは部屋の中にいるのだが、押し入れのほうで何やら気配がした。ふすまは取り外していて、上の段に衣類、下の段に布団が積んで入れてある。
その布団をめくってみると、そこにはでーんと寝そべった猫が1匹と、なんと子猫が3匹もいた。一体どういうことだ。
瀧はギンを見た。ギンは悠々としていた。そうか、この母猫と子猫は、やつの妻子なんだな。瀧がまったく知らぬ間に、やつは妻をめとり子を持ち、瀧の部屋で一家を構えていたのだった。
それから、やつが家主の部屋を乗っ取って一家で暮らし続けたかというと、そうではない。後日やつは、窓の10センチの隙間から外に飛び出していった。そうか、出ていくのか。いいぜ、自由でいろよ。
いつの間にか、子猫と母猫も部屋からいなくなっていた。
【30~40代 家族編】行方不明になった猫を無事保護したはずが…
猫に後れを取ったが、瀧も結婚して娘をもった。娘は一人っ子なので子分をつくってやりたいと、知人から黒猫の兄妹を譲り受け、オスは「コンブ」、メスは「アズキ」と名付けた。
今度の2匹は「箱入り猫」として家の中だけでつつがなく暮らしていたのだが、ある時ソファを買い替えることになった。大きなソファを運び出す日、妻と娘は出掛けていて、瀧一人が立ち会った。業者の人が作業を始めると、初めての出来事に驚いたのだろう、アズキが開いた窓から脱走してしまった。
また脱走だ。瀧はまたしても猫に逃げられてしまった。帰ってきた妻と娘が悲しい顔をしたのは言うまでもない。それから毎日、アズキの捜索に近所を巡り、そのせいでご近所さんの知り合いが増えていったほどだ。
ひと月も経ったころだろうか、妻が「アズキを見つけた!」と報告してきた。妻の額のばんそうこうが、捜索の大変さを物語っていた。
しかし帰ってきたアズキは落ち着きがなかった。性格も荒々しくなっていて、トイレはバーンとひっくり返し、事あるごとに外に出たがった。「しばらく外で過酷な生活をすると、人(猫)が変わったようになるんだね」と妻と話した。アズキは家の中でイライラしているようで、何かを訴えるように瀧を見て鳴いた。
そんなある日、高いところに登ったアズキを下から見上げると、ン、あれはもしかしてキン○マ? なぜだ、アズキは女子だぞ!? ということは……。
呆然とする瀧と妻に向かって、アズキは……いや、アズキと間違われて拉致されたオス猫は、振り向きざまに明らかにこう言った。
「な!」
はい、おっしゃるとおりです。軟禁してしまい、誠にすみませんでした。
【50代 現在編】猫軍団と人間の家族が家をシェアしている感じ
そして今、家には14歳になった「コンブ」と、推定8歳の「ブイヨン」、子猫の「コロッケ」の3匹が暮らしている。
ブイヨンはメスで、里親探しの会で譲り受けた。家になれてくると「ギャル猫」という感じでコンブとイチャイチャしていたのだが、子猫のコロッケが参入すると母性が湧いたのか、大人の「婦人」の顔になった。
一番の先輩猫のコンブは、リーダーのようだ。エサはまず子猫のコロッケが食べ、次にレディーファーストでブイヨンが食べ、コンブはそれを見届けた後で最後に食べる。エライやつだ。ただ、やつには密かな楽しみがある。
あるとき、キッチンから耳慣れない音が響いてきた。
「ザーリ、ザーリ、ザーリ……」
何だ、この音は? 様子を見に行くと、コンブがスーパーのビニール袋をなめていた。やつは袋なめが好みのようなのだ。
コロッケは瀧がリビングで寝落ちなどしていると、フンフンとやってきて腕の内側の、最もやわらかい部分目掛けて噛んでくる。けっこう本気で、ときどき瀧の腕には穴が開く。
それに引き換え、ブイヨンはやはり女子である。ふだんは瀧に甘えることなどないのだが、夜になると、夜の間だけ、彼女は瀧にすり寄ってくる。オットマンに乗せた足の下をスルッとくぐり、筆のようにしなやかな動きでスキンシップしてくる。なかなかエロいしぐさである。
瀧は、猫のいる暮らしに面白さを感じている。猫がいると、家というプライベートな閉鎖空間が、少しだけオープンでパブリックになるような気がするのだ。人間とは異なるルールを持つ生き物が、ウエットになりがちな日常の暮らしをドライにしてくれる。
猫といると、瀧は自由になれるらしい。
(構成=鈴木美紀)
▽ピエール瀧(ぴえーる・たき) ミュージシャン、俳優。1989年、石野卓球らとテクノバンド「電気グルーヴ」を結成。メジャーデビュー後、「Shangri-La」が大ヒット。また、俳優としても多数の映画やドラマに出演。報知映画賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクール、日本アカデミー賞で助演男優賞受賞。その他、声優やナレーションなどでも才能を発揮。