当時の投手コーチが振り返る「地獄の伊東キャンプ」の真実
最後に高橋氏はこう言った。
「私は高知商、中大時代から、必要だと思うことは徹底的に妥協なく後輩にもやらせてきた。大学を卒業してからは、例えばスナックで飲んでいても常に壁を背にして飲んでいました。中には私を恨んで、復讐してやろうと思うやつがいるかもしれない。後ろから襲われてやられたら悔しいからね。やらされる選手は大変だったろうが、やらせる私たちもそれくらいの覚悟を持っていたということです」
参加した18人の中から巨人の一時代を築く選手が何人も育ったが、長嶋監督は1年後に“解任”。自ら鍛え上げた選手の才能が花開くのを見届けられず、「それだけが残念」と言っていたという。