バイト代で野球続け…広島1位岡田はプロ入り前から波乱万丈
「野球でかかるお金、自分の携帯電話代、交際費などはアルバイトをして稼ぐ」という約束で、道子さんを納得させた。練習帰りには、深夜まで営業しているスーパーで食材などの買い物も日課となった。
リーグ戦初勝利は翌年。3年春のことだった。以降、練習が休みの日、早く終わる日は、青果店やホテルのレストランでウエーターなどのアルバイトもやった。自宅から近い居酒屋での勤務は夜の6時から深夜12時まで。働く時間はその日によって異なるものの、時給は1000円。同年代の若者たちが酒を飲み、騒いでいる姿を見ても黙々と働き、月に8万円程度の収入は確保した。
グラブやスパイクは修理を重ねながらボロボロになっても大事に使い続けた。道子さんは「穴があいた靴下をはいていたり、申し訳なかったけど、靴を友達に譲ってもらったりしながらやりくりしていたみたい」という。
今の道子さんは仕事の掛け持ちはやめたものの、百貨店勤務だけは続けている。
「娘はまだ大学生ですし、明丈だってプロといってもどうなるか分からない世界ですから。プロからの指名はうれしいですけど、安心はできません。まだまだ働きます」