小久保監督の手腕については選手が「答え」を知っている
準決勝の米国戦に敗れたあと、ドジャースタジアムのロッカールームで最後のミーティングが行われた。小久保裕紀監督(45)に続いて挨拶を促された私は、「みんなとこんなにいい戦いができた。ありがとうございました」と短く言った後、何げなく監督の方に視線を向けると、彼の目が潤んでいるように見えた。
小久保監督は感受性の豊かな指揮官だった。試合中こそ、特にピンチでは表情を変えず、腕を組み、ジッと我慢の人を貫いていたが、ゲームが終わると、それが一気に解放され、人間味が顔を出す。試合後のミーティングで選手の奮闘を称えるとき、何度となく感極まる姿を見た。人によってはそれを「甘い」と評するかもしれない。だが、私はそうは思わなかった。世界一奪還という大きな重圧を背負いながらも、常にチーム、そして選手のことを第一に考えているのが分かっていたからだ。
■裏方に何度もお酌を
大会前の宮崎合宿中に開かれた決起集会では、自ら焼酎のボトルを手に選手へお酌をして回っていた。店の都合上、1階にスタッフ、2階に選手と首脳陣という席割りになったが、監督は途中で何度も酒瓶を持って階下に下りて行き、裏方さんらスタッフへの気遣いも忘れなかった。