「番付を見ろよ」新入幕・大鵬との対戦前に柏戸は大見えを切った
名古屋場所は関脇豊昇龍が初優勝し、場所後に大関へ昇進した。終盤の後がない状況から、2つの念願を果たした精神力は評価される。
千秋楽、3敗で並んでいた伯桜鵬との一番は別の重圧もあっただろう。もしも負けて、伯桜鵬が優勝決定戦でも北勝富士に勝てば、109年ぶりの新入幕優勝となる。豊昇龍としては初優勝も大関昇進も逃し、19歳の新入幕に優勝をさらわれた役力士として矢面に立たされるところだった。
1960年初場所12日目、小結2場所目の21歳・柏戸(顔写真)と新入幕の19歳・大鵬が対戦した。これが「柏鵬」の初顔合わせ。大鵬は初日から11連勝しており、柏戸は前日に心境を聞かれて答えた。
「何を言ってんだい。番付を見ろよ」
こっちは三役だぜと大見えを切ったのだが、後年「えらいことを言っちまったと思ったよ。そのまま書いた新聞もあったからな」と笑った。
柏戸は強烈に当たって突き押しか左前まわしで走りたかったが、大鵬得意の左四つになり、上手も取られた。
構わず右でおっつけて寄ると、大鵬も残して左はずで寄り返してくる。ともに寄っては残す激しい攻防の末、大鵬が力を振り絞って寄ってきたところ、柏戸の引きずるような左下手出し投げが決まった。
37回に及んだ対戦の中でも珍しい展開で、のちに柏戸は「投げというより向こうの膝が落ちただけ」、大鵬は「もう力が残っていなかった」と振り返っている。
この一番、小結と新入幕の対戦とは思えないほど注目され、NHKのアナウンサーが「全国の相撲ファン熱狂の大一番」と実況した。2人とも三段目の頃から将来を嘱望された期待の星だった。
すでに稽古場でも十分に胸を合わせていた。伊勢ノ海部屋の柏戸が大鵬のいる二所ノ関部屋へよく出稽古したという。柏戸がいっぺんに持っていくことが多かったそうだが、大鵬の柔らかさとうまさは柏戸も分かっていたから、大見えを切った後で「しまった」と思ったのだ。