「ハリエット・タブマン」上杉忍著
以前本欄で紹介したコルソン・ホワイトヘッドの「地下鉄道」は、米国南部の黒人奴隷を北部の自由州へ逃亡させる「地下鉄道」と呼ばれる支援運動を舞台にした小説だが、本書はその「地下鉄道」で主導的役割を果たした黒人女性、ハリエット・タブマンの伝記だ。
タブマンは、1回でも成功させるのが困難な黒人奴隷の救出作戦を十数回にわたって成功させ、70人近い黒人たちを逃亡させた。その活躍はイスラエルの民をエジプトから脱出させたモーゼになぞらえられ「黒いモーゼ」と呼ばれた。
1913年に91年の生涯を終えて以後、しばらく忘れられた存在であったが、1960年代の公民権運動の高揚によりその評価も高まり、2020年の女性参政権獲得100周年を機に20ドル紙幣の新たな顔としてタブマンの肖像が採用されることが決定していた。ところがトランプ政権内には異議も多く、つい先日肖像採用の延期が報じられた。
死後100年以上経っても評価が左右されているタブマンだが、彼女自身読み書きができず、自らの経験を書き記すことがなく、また彼女が携わった運動が秘密裏に行われたため、その実像を知ることは困難であった。それが近年さまざまな史料が新たに発掘され、その生涯の細部がようやく明らかになってきた。本書はそうした最新の成果を踏まえたもの。ここで描かれるのは、女性で黒人という19世紀のアメリカでは非常なハンディを背負いながらも、苛酷な環境の中で、家族を中心とした黒人コミュニティーを守るために信念を貫いた一人の女性の姿だ。
本書を含め、ほぼ同時期にタブマンに関する3冊の本が刊行されている。こうした彼女への関心の高まりは、歴史の揺り返しに対する危機のあらわれだろうか。(新曜社 3200円+税)
<狸>