ロシア、ファシズム、民主主義
「ファシズムとロシア」マルレーヌ・ラリュエル著 浜由樹子訳
プーチンを「現代のヒトラー」になぞらえる声は後を絶たない。ロシアと世界の民主主義はどこへ行く?
◇
独ソ戦の苛烈な体験のおかげで、ロシアには「反ファシズム」の強力な伝統があると信じているロシア人は多い。だが本当にそうか。実はロシアには「ファシズム(ナチズム)に対する微妙な感情」があるという(本書訳者解説)。ファシズムの力や規律、ナチス的なファッションやオカルトに引かれる現象が根強いというのだ。
こうしたサブカル現象を含むファシズムとロシアの関わりを、歴史資料から政治思想、社会現象、若者らの流行にまで目を配って論じたのが本書。著者はロシアのナショナリズムを研究するフランス人研究者。現在はアメリカの大学で教壇に立つ国際派だ。
本書にはウクライナとロシアの関わりも当然出てくるが、特に注目なのが第4章。ウクライナ東部ドンバスの親ロシア勢力の蜂起にロシアが手を貸した2014年の紛争は、プーチンにとって当時のウクライナの政権をファシストと見なし、それとの戦いはナチズムを敵にした「大祖国戦争」の再来を意味していたという。
世界では独裁者と見なされ、ファシスト呼ばわりもされるプーチン。しかし視点を変えると、彼らには西側世界こそがファシズムの温床と見えているわけだ。
(東京堂出版 4180円)
「自由なき世界(上・下)」ティモシー・スナイダー著 池田年穂訳
ベルリンの壁の崩壊と共に冷戦が終結して30年余り。あのとき、誰もが自由民主主義の勝利と永続を信じ、世界のグローバル化と平和を確信した。しかし現実は違った。ロシアのウクライナ侵攻はその認識の決定打となったのだ。
著者は中・東欧史を専門とする米エール大教授。プーチンは早くからウクライナをロシアの「不可欠な一部」と見なしてきたという。その背景にあるのはソ連邦解体後のロシアを再び「帝国」として復活させること。上巻では彼がイヴァン・イリインという「キリスト教ファシスト」を崇拝していることをくわしく紹介する。下巻ではロシアの諜報機関が各国の政権中枢に近づき、オリガルヒの資金力で懐柔し、フェイクニュースを介して政治や社会を攪乱するさまが描かれる。
ロシア流のファシズムはいまや西側の民主主義に深く浸透している。トランプはロシアにとって「アメリカ版オリガルヒ」(新興財閥)というコマのひとつなのだ。
(慶應義塾大学出版会 各2750円)
「侵食される民主主義(上・下)」ラリー・ダイアモンド著 市原麻衣子監訳
「民主主義研究をしている人で、ダイアモンドを知らない人はいない」といわれ、「ミスター・デモクラシー」の異名をとる政治学者、それが本書の著者だ。本書はトランプ政権による民主主義の危機を憂えた著者が、真っ向からポピュリズムや権威主義と対峙した渾身の書。
著者が早くから警鐘を鳴らしたのが「クレプトクラシー」。少数の権力者が国家の富や国民の税金で私腹を肥やす「泥棒政治」のことだ。トランプ政権下の米首都ワシントンでは、高級住宅地の不動産がロシアのオリガルヒのマネーロンダリングに利用されたりもしていたという。
2016年の大統領選でまさかトランプが勝つとは思わなかったと正直に告白する著者は、トランプ政治が世界の民主主義にいかなる打撃を与えたかを詳述する。
本書を読むと、プーチンに弱みを握られたトランプがもしまだ大統領だったら、米国はNATOから脱退し、プーチンはやすやすとウクライナを手中に収めただろうことが容易に連想できるのだ。
(勁草書房 各3190円)