プーチンの戦争
「戦場としての世界」H・R・マクマスター著 村井浩紀訳
強引なウクライナ侵攻であらわになったプーチンの野望。その本質は何か。
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次から次に側近をクビにしたトランプ前米大統領。著者は国家安全保障問題担当補佐官として、初代のマイケル・フリンがロシアの大統領選挙介入疑惑で辞任したあとを受けて補佐官に就任。だが、結局トランプと対立し、1年余りで退任した。もとは士官学校卒業以来、34年間を米陸軍で過ごし、中将まで上り詰めた大物軍人だ。本書は補佐官時代の外交に関する回顧録だが、冒頭は対ロシア戦略から始まる。
トランプは徹底して親プーチンでロシアに弱みを握られているともいわれるが、著者は警戒を緩めない。プーチンは「ロシアを優越的な地位に押し上げることよりも、ほかの国々を引きずり降ろし、ライバルを弱体化させ」、相手の同盟ネットワークを「解体することを好む」と見抜く。まさに今日のウクライナ侵攻の意図を正確に言い当てた見方だろう。プーチンの策略と「中国の抱き込み、強要、隠蔽の作戦」には共通点があるという。「自由で開かれたルールに基づく秩序を覆す狙い」だ。
遠い欧州の話ではないのだ。また自国アメリカについても、世界情勢を「自国との関係においてのみ定義」し、他国の未来を軽視する「戦略的ナルシシズム」が強まっていると警告している。
(日本経済新聞出版 4180円)
「戦争の未来」ローレンス・フリードマン著 奥山真司訳
軍事史については世界一の蓄積のあるイギリス。著者はロンドン大学名誉教授で軍事史と戦争学が専門だ。
本書はこれまで人間社会が「次の戦争」をどう考え、どう備えようとしてきたかの歴史を通して「想定外の戦争」が起きる理由やパターンを考察する試みだ。
古い歴史の話は第1部で終わり、第2部は1990年代以降から対テロ戦争、第3部はロボットやサイバー、ドローンなどを駆使した現代のハイブリッド戦争を論じる。今回のウクライナ侵攻は想定外だったと一般にいわれているが、直近は2014年にクリミア併合が起こり、ウクライナ東部にも親ロシア派の拠点を築いた。しかしロシアはこれらの軍事行動を「軍人の関与しない」自発的な民衆運動の結果だと言い張った。
だが、このときロシア軍の兵士たちは制服を脱ぎ、徽章を外して民間人のふりをしていたのである。
(中央公論新社 4620円)
「なぜ人類は戦争で文化破壊を繰り返すのか」ロバート・ベヴァン著 駒木令訳
戦争では多数の人命が奪われるが、文化も破壊される。既に20年前だがアフガンではタリバンが有名なバーミヤンの遺跡を破壊した事件が、90年代のボスニア紛争でも古都モスタルにかかっていた「スタリ・モスト」という伝統の橋がクロアチア人勢力の砲撃で破壊された。
本書はイギリスのジャーナリストで建築評論も多数書いている著者が、名建築や伝統遺跡を破壊する近現代の戦争について考察する警世の書。
文化破壊は戦争だけでなく、ルーマニアの独裁者チャウシェスクは、独裁時代に経済発展のための新しい工業システム社会を建設すると称し、ブカレストの歴史地区のほぼ4分の1を破壊してしまったという。対テロ戦争の激化した時期に書かれた本だけに著者の憂いは深い。ウクライナの首都キエフも独自の文化や政治運動の中心として代々のロシア皇帝にとって油断ならない存在だった。プーチンの野望の危険性は大きいのだ。
(原書房 2970円)