完全試合の野球史
「消えた球団 1950年の西日本パイレーツ」塩田芳久著
佐々木朗希の完全試合という偉業達成を機に、若い世代が過去の記録や野球の歴史にも新鮮な目を向けている。
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佐々木朗希に完膚なきまでに封じられたのはオリックス。では日本プロ野球史で最初に完全試合を食らったのは? その答えが「西日本パイレーツ」。といっても今や知る人も稀だろう。実はソフトバンク・ホークスの本拠地・福岡にはかつてセ・パ両リーグに1つずつチームがあった。それがセの「西日本パイレーツ」とパの「西鉄クリッパース」。前者は実は昭和25(1950)年に1年間だけ存在したチームだ。それゆえ当時を記憶している世代自体が今やほとんど実在しない。
本書の著者は地元紙・西日本新聞の現役記者。地元の生まれ育ちで野球ファンゆえ、本書は「長年温めていたテーマ」だったという。念願かなって一昨年から昨年にかけて連載したのが本書だ。
親会社の西日本新聞社と縁の深い読売新聞の後押しで結成されたパイレーツ。オープン戦で大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に快勝。セ・リーグのお披露目興行だった「野球祭」でも巨人や中日相手になんと優勝を飾る。
しかし6月、青森で巨人に完全試合で敗北。著者によれば観客動員の伸び悩みなどで選手の給料が遅配になるなどの悪条件もあったらしい。パイレーツと対戦した中日の元エース・杉下茂氏へのインタビューも巻末に収録し、貴重な歴史の記録にもなっている。
(ビジネス社 1760円)
「プロ野球『経営』全史」中川右介著
野球史を選手でも試合記録でもなく、「球団経営」と親会社からたどったユニークな歴史本。著者はクラシック雑誌編集長のかたわら歌舞伎、映画、アイドル、推理小説、アニメなどの歴史を片っぱしから書いている文筆家だ。
序文では、かつて球団を持っていた映画会社(大映、東映、松竹)はいま1社もなく、食品メーカーでは大洋漁業(現マルハニチロ)が消えて日本ハムが参入するなど、「日本人の食生活が魚から肉へと変わった」ことの反映があるという。なるほど目の付けどころがユニークだ。
本書の白眉は昭和初期から戦後まもなくの時期。陸軍中野学校系の人脈が戦後のフジサンケイグループにつながったり、解説者として戦後人気だった小西得郎が戦前は明治大学で野球をやったあと、上海でアヘンの密売でボロ儲けし、神楽坂で芸者置き屋の主人に収まっていたなど、驚くようなエピソードが満載されている。
(日本実業出版社 1980円)
「マツダとカープ」安西巧著
市民球団として地元広島で厚く支持される広島東洋カープ。もとは親会社のない独立球団だったが、1967年の最下位転落を機に東洋工業(現マツダ)が筆頭株主となって球団名も改称した。だが、実はマツダは親会社ではなく、また創業家によるマツダの同族経営体制が終わってからのカープは、いわば松田家の個人所有のようなものになっている。
本書はその松田家3代にわたる事業史を描く。祖父・松田重次郎は広島の貧しい漁村に生まれ育ち、明治の中ごろ、大阪の鍛冶屋に丁稚奉公を手始めに、次第に機械いじりの才を発揮しながら数々の事業と失敗を繰り返しつつ事業家として大きく成長してゆく。
真面目で誠実、失敗してもくじけない前向きの姿勢は、その後のファミリーの遺伝子になったようだ。明治・大正・昭和・平成そして令和へと続く松田家の歩みを通して日本経済の変転がよく伝わる。
著者は日経新聞の元広島支局長。球団の話は最初と最後だけだが、カープが地元で愛される理由も自然と伝わってくる。
(新潮社 946円)