批評家が解説 「ムーンライト」が描く差別と人間ドラマ
最有力候補の「ラ・ラ・ランド」を抑え、米アカデミー賞作品賞を受賞した映画「ムーンライト」が31日から日本で公開となる。
世界で最も有名な映画祭でナンバーワンの称号を得た作品だが、上映館数は全国で50~100程度と、こぢんまりとした規模での封切りだ。ブラッド・ピットが製作総指揮として名を連ねても興行的には期待薄の判断なのだろう。
たしかに昨今の洋画不振に加え、今作は娯楽映画でもない。主人公は米マイアミの貧困地域で暮らす黒人少年。売春婦の母親から育児放棄され、麻薬売買が日常茶飯事の中で生活し、同性愛者としてのアイデンティティーを模索する姿がひたすら描かれる。映画批評家の前田有一氏は「劇場で見るに値する一本」とし、見どころについてこう解説する。
「まさに“差別特盛り”の映画で、日本人には対岸の火事で感情移入しにくいようにも思います。ですが、日本でも格差、貧困、非正規雇用など直面する問題は多く、少なからず感じるものはある。すべてを理解しようとしなくても、個々の視点や尺度で響くものに注目して観賞すればいい。しかも社会問題をあぶり出すことに重きを置いているのではなく、本質は人間ドラマです。特に主人公が唯一無二の親友に自分の思いを打ち明けるシーンは特筆すべき。唇を重ねるだけなのですが、全編を通してその描写が生きてくる。親とすら心を通わせることができなかった孤独な主人公が、人間同士の心の触れ合いを実感する。『愛がないと人間は駄目になる』ことを再認識させてくれる作品といえるでしょう」
ちなみに、前田氏の新著「それが映画をダメにする~『映画』に学ぶ『映画』のこと」(玄光社)では、米アカデミー賞の知られざる選考過程やLGBT映画の演出事情などが詳述されている。劇場に足を運ぶ前に一読すれば、さらに観賞満足度が上がること請け合いだ。