いい絵だから額装するのではない。額装してはじまる家族の物語がある
例えばピカソとは違って、マティスの初期作品に大器の片鱗を見出すのは困難だ。ゆっくり覚醒し、30代以降に爆発する人生。そのかわり、成功と名声を得てリゾート地ニースに移り住んだ50代以降も勢いは止まらず、70代では切り紙絵という手法で新たな表現の地平を開拓した。色ムラのない切り紙絵は、さしずめデジタルアートの先駆けか。とくに人気作品〈イカロス〉を含むシリーズ『ジャズ』は決定的にモダンでポップ。晩年に若々しい傑作をものにしたアーティストは、没後も半永久的にフレッシュなイメージを維持できるという好例である。
すべて観終えて、館内のショップで〈イカロス〉の手頃な価格のポスターを買い求めた。隣で息子が「こんなのボクだって作れるよ」と生意気な口をきく。だが今日ばかりは叱る気にもならない。なぜか、それでよしという気がした。
■かかりつけの歯科にあった抽象画
翌日、かかりつけの歯科に行った。待合室で、あざやかな色合いの抽象画に目が行く。これまでじっくりと観たことはなかったかもしれないが、いいものだな。やがて自分の名前が呼ばれ、診療用のチェアに座ったぼくは、目の前の壁を二度見した。なんと、シャープに額装された〈イカロス〉のポスターが飾ってあるではないか。院長、マティス展行きました?「ええ」。ぼくより少し歳上の院長は、真っ白な歯を見せて笑った。