著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

「私の心の中にある『故郷』は誰にも譲れない」に心を揺さぶられ、「帰郷」の歌詞を急遽朗読した

公開日: 更新日:

 法廷は傍聴席が20席程度だった。原告・被告とも有名人ではない民事裁判としてはいたって標準的らしいが、集った傍聴希望者はその倍ほど。事件への注目度の高さが窺われる。座れない人は室外へ出されるのが原則…だが判事は立ち見を黙認するという粋なはからいをみせ、ぼくを含む希望者全員が傍聴できた。原告側弁護士の神原元さんによれば「弁護士になって20年以上経つが初めて」という超異例の対応。ラッキーでした。法廷にも弾力性があることを目の当たりにして、ぼくの気持ちはずいぶん和んだ。被告が出廷しなかったのは残念だったけれど。

 初めて会う金さん。意見陳述は一語たりとも聞き逃せないものだった。「反日」という判別や排除を意味する言葉に「在日」「朝鮮人」という属性を結びつける被告の発言に怒りと恐怖を感じると述べ、植民地下の苛烈な時代を生き抜いて日本に来た両親の不遇を語り、宮崎県延岡市で幼年時代を過ごした自分の原風景を鮮やかな語彙で修辞した。文学的、あるいは詩的でさえあった。説得力に満ちた陳述に傍聴席からはすすり泣きが聞こえてくるほどだった。


 閉廷後、裁判所の真向かいの日比谷公園にある千代田区立日比谷図書文化館で行われた記者会見&報告会に、ぼくは原告(と被告男性)の同窓生として登壇した。与えられた10分間では、まず自分が金さんの立場にも被告男性の立場にもなり得る可能性(と危険性)について語った。だからこそ、自分は加害者になっていないかと胸の中でつねに警鐘を鳴らしながら生きていく必要があると。その後は……じつは、金さんの意見陳述にあった「私の心の中にある『故郷』は誰にも譲れない」に激しく心を揺さぶられたぼくは、そのあまり、予め用意していたいくつかの話をすべて捨てたのだった。そのかわりに、天童よしみさんに提供した「帰郷」の歌詞を急遽朗読した。音楽を生業とするぼくから原告へのアンサーソングとして。

■関連キーワード

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • 芸能のアクセスランキング

  1. 1

    【独自】フジテレビ“セクハラ横行”のヤバイ実態が社内調査で判明…「性的関係迫る」16%

  2. 2

    人事局付に異動して2週間…中居正広問題の“キーマン”フジテレビ元編成幹部A氏は今どこで何を?

  3. 3

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  4. 4

    中居正広氏&フジテレビ問題で残された疑問…文春記事に登場する「別の男性タレント」は誰なのか?

  5. 5

    TV復帰がなくなった松本人志 “出演休止中”番組の運命は…終了しそうなのは3つか?

  1. 6

    "日枝案件"木村拓哉主演「教場 劇場版」どうなる? 演者もロケ地も難航中でも"鶴の一声"でGo!

  2. 7

    フジテレビに「女優を預けられない」大手プロが出演拒否…中居正広の女性トラブルで“蜜月関係”終わりの動き

  3. 8

    別居から4年…宮沢りえが離婚発表「新たな気持ちで前進」

  4. 9

    ビートたけし「俺なんか悪いことばっかりしたけど…」 松本人志&中居正広に語っていた自身の“引き際”

  5. 10

    フジテレビを襲う「女子アナ大流出」の危機…年収減やイメージ悪化でせっせとフリー転身画策

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…