体操団体金と種目別ゆか銅を獲得した「ソニーマン」の苦悩
ミュンヘン大会を前に引退を決意
加藤は一般社員と同じように夕方まで勤務。その後は母校早大の体育館に通い、練習相手もライバルもいないままひとりで黙々と練習した。私の取材に応じた妻の宏子は夫について語った。
「新技を積極的に磨くのではなく、同じ技を繰り返し練習する。夫の加藤はそういう選手でした」
学生時代にソニー入社を勧めた、早大体操部監督の大河原徳夫が体育館に姿を見せると加藤は言った。
「監督さん、オリンピックに出場すれば、ソニーの正社員になれますよね」
先に述べたように加藤は、メキシコオリンピックで金メダリストになった。しかし、次のミュンヘン大会を前に潔く引退を決意した。引退すれば晴れて「正社員」になれるからだ。
選手生活にピリオドを打ち、ソニーの正社員になったが、周りの目は冷たかった。金メダリストの新たな闘いが始まった――。 =つづく
▼かとう・たけし 1942年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後の65年春にソニー入社。68年メキシコ五輪体操団体金、ゆか運動銅、個人総合5位。66、70年の世界選手権団体優勝に貢献。