モハメド・アリを「日本に呼んだ男」が語る初来日の裏側
かつては英国植民地兵として日本の岩国基地を訪れたこともあり猪木との一戦には前向きだったという。
「決め手になったのはアリです。アミンもイスラム教徒でアリのことを大変に尊敬していたから、アリがレフェリーをやると言ったら即OKになった。試合会場はウガンダの首都のサッカー場の特設リング。漫画家の赤塚不二夫君なんてリングサイドの席は全部買うなんて言ってくれましたよ。で、79年1月に記者会見も開いて試合も6月だと発表したらウガンダが内戦状態になってアミンが失脚して、サウジに亡命してしまったんです。これは実現できなくて本当に残念でした」
「僕が初めて俳優として出演した映画『渇き。』(14年)のDVDもアリのマネジャーに送りましたが、見てくれたかどうか。ずっと入退院を繰り返していましたからね。実は、ISとの交渉役にアリを立てる、という話もあったんです。彼はイスラムの世界では、いまなおカリスマ的な存在ですからね。もし、彼が元気なら世界情勢にも影響があったことでしょう。安らかに眠ってほしいです」