「光る川」高度経済成長期の1958年、少年は病母のために川をさかのぼり、大昔の悲恋に遭遇する
「光る川」ユーロスペースほか全国順次ロードショー公開中
「現代人が忘れた自然への畏怖」――。山岳を舞台にしたドラマやドキュメンタリーを語るときに使われる月並みな言葉だが、この「光る川」を見ると、いつしか自然への畏敬の念を抱いてしまう。
時代は1958年。大きな川の上流にある山間の集落でユウチャ(有山実俊)という少年が暮らしていた。父のハルオ(足立智充)は林業に従事。母アユミ(山田キヌヲ)は病に臥せって、老いた祖母(根岸季衣)と暮らしている。まだ自然豊かな土地ではあるが、森林伐採の影響もあるのか、家族は年々深刻化していく台風による洪水の被害に脅かされている。
夏休みの終わり、集落に紙芝居屋がやってきて子どもたちが集まる。その中にユウチャもいた。紙芝居の演目は、土地に長らく伝わる里の娘・お葉(華村あすか)と山の民である木地屋の青年・朔(葵揚)の悲恋だ。叶わぬ想いに打ちひしがれたお葉は山奥の淵に入水。それからというもの彼女の涙が溢れかえるように数十年に一度、恐ろしい洪水が起きるという。
紙芝居の物語との不思議なシンクロを体験したユウチャは川でひとつの木椀を拾う。祖母はユウチャに、上流から流れてきた木椀を山に返さないと、弱い者が犠牲になるとの言い伝えを打ち明ける。ユウチャは家族を脅かす洪水を防ぎ、さらには哀しみに囚われたままのお葉の魂を解放したいと願って川をさかのぼり、山奥の淵へ向かうのだった……。
監督は「アルビノの木」(2016年)、「リング・ワンダリング」(21年)の金子雅和。「一人の少年の素直な姿が、山から流れ来る川のように私たちの心を洗い流し、『他者を想う』力を取り戻させてくれる、そんな清流のような映画となることを目指した」と製作意図を語っている。
お葉の父・常吉は実力派の安田顕が演じた。ユウチャ役の有山実俊は2015年生まれで、23年に岐阜県で行われた撮影のときはまだ8歳だった。
この作品の特徴は1958年の物語に大昔の男女の悲恋を組み合わせた入れ子構造だ。時間を超越した2つのドラマが巧みにリンクし、ラストを感動的に締めくくる。
お葉と朔の恋愛劇はその時代の山で暮らす人々の掟を下敷きにしている。朔は一定の住処を持たない山の民に属している。樹木を伐採して木椀を作り、次の場所に移動する。いわば流浪の人々だ。
その朔に恋した娘に、父の常吉は「里の者と山の者は一緒になれない」と釘を刺す。ここに悲劇の伝説が生まれ、お葉の思いが現代に伝わっているという構図だ。