乳酸菌の代謝物ががん治療の可能性を広げる

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がんの中を「免疫」が働きやすい環境に

 10月9〜11日に開催されたアジア最大級のバイオテクノロジーイベント「BioJapan2024」で、ある乳酸菌に関する報告が行われた。その乳酸菌が作る代謝物EPSが、がんに対する第4の治療法として注目される「免疫チェックポイント阻害薬」の効果を高めるというのだ。

■乳酸菌が作り出す、不思議なネバネバ成分

 乳酸菌は昔からヨーグルトや漬物などを発酵させるのに使用されてきた、いわば身近な微生物だ。

 最近は乳酸菌についての研究が進み、腸内環境を整える、免疫の働きを調整する、脂肪の吸収を抑えるなどさまざまな働きがあることがわかっている。また、一部の乳酸菌には「EPS(イーピーエス)」と呼ばれるネバネバした物質を作り出すものがあり、EPSにも健康効果をもつものがある。

 その一つが、20年以上前から注目されている「乳酸菌OLL1073R-1株」が作り出す物質「R-1EPS(アールワン・イーピーエス)」だ。この物質に、がんに対する新たな治療法として知られる免疫チェックポイント阻害薬の効果を高める可能性があることが「BioJapan2024」のセミナーで発表された。

■体に備わった免疫で、がん細胞と戦う

 がんの治療法といえば長い間、手術抗がん剤治療、放射線治療が三大治療とされてきた。そこに加わったのが、「免疫チェックポイント阻害薬」を用いる免疫療法だ。

「免疫とは、ヒトの体に備わった『異物を排除する仕組み』のことです。例えば風邪インフルエンザのウイルス、食中毒の原因菌などが体内に入ってくると免疫が異物と認識し、攻撃します。この仕組みを利用してがんを抑え込もうとするのが、免疫療法です」

 こう話すのは、セミナーに登壇した順天堂大学大学院医学研究科の竹田和由准教授だ。竹田准教授は長年にわたり、がんと免疫について研究を続けている。その中でR-1EPSが免疫チェックポイント阻害薬の効果を高めることを発見した。

「ヒトの体に棲む免疫細胞の多くが腸にあるため、腸内細菌と免疫チェックポイント阻害薬の関係については世界中で研究されています。ところがよい結果が出る場合もあれば、出ない場合もある。そこで私は、薬の効果に影響するのは腸内細菌そのものではなく、細菌が作る『何か』ではないかと仮説を立てました」

■がんに忍びこみ、仲間を呼ぶR-1EPS

 R-1EPSは免疫細胞を活性化、刺激し、がんを攻撃する「インターフェロン・ガンマ」と呼ばれる物質を作り出す。このことをよく知る竹田准教授は、大腸がんを発症したマウスにR-1EPSと免疫チェックポイント阻害薬の両方を服用させた。その結果、どちらかを与えた場合よりもがん細胞が減少。ほかにも乳がんなどいくつかのがんで同様の効果を発揮した。

「面白いことに、R-1EPSはがんと直接戦うわけではなく、免疫に何らかの影響を与えることでがんとの戦いを支援しているようなのです。そこで、R-1EPSと免疫チェックポイント阻害薬を投与してから効果が出るまでのプロセスを一つずつ検証してみることにしました」

 そこでわかったのはR-1EPSが腸に働きかけ、「CCR6陽性キラーT細胞」という特殊な細胞を発現させるということ。この細胞は全身を巡ってがんを探し出し、まるで忍者のようにその中に潜り込む。そこでがんと戦いながら仲間を呼び寄せ、がんに総攻撃をかけるのだ。免疫チェックポイント阻害薬の助けもあって、免疫細胞たちの攻撃体制は万全。その結果、免疫チェックポイント阻害薬とR-1EPSを併用すると、薬が効きにくいがんでも増殖を止めることができた。

「最近は免疫チェックポイント阻害薬を使えるがんの種類が増えています。また、ほかの治療法との併用でめざましい効果を挙げるようにもなってきました。さらに研究が進み、R-1EPSのような身近な食品由来の成分が免疫療法に役立つとなれば、がんに悩む患者さんにとって有望な選択肢になるかもしれません。それを目指して、現在は臨床試験を進めています。R-1EPSの服用によってヒトの体内でもCCR6陽性キラーT細胞ができるのか、またこの細胞がヒトの体内でも効果を発揮するのかなどを確認しているところです」

 この成果は米国がん学会の旗艦誌「キャンサー・ディスカバリー(オンライン版)」にも掲載された。また、フランスにある世界最高峰の生理学・医学研究機関、パスツール研究所の免疫学部長ジェラール・エベール博士もR-1EPSに関心をもち、竹田准教授との共同研究に参加している。世界が注目する食品由来の成分とがん治療のコラボ。今後の研究の進展から目が離せない。

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