胃は秋田、肝臓は佐賀…「がんの県民性」傾向と対策のコツ
男性は3人に2人、女性は2人に1人が、がんになる。高齢化が進み、だれもががんになりうる時代だ。そんながん大国で、一部のがんについては“県民性”というか、発症しやすいエリアもあるという。どういうことか。東大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座の中川恵一特任教授に聞いた。
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競泳女子の池江璃花子は2019年2月12日、白血病を公表した。その後の治療で20年8月にレースに復帰すると、21年には東京五輪に出場。いまはパリ五輪に向けて練習に励む。
大病の発覚から5年を経て、今月8日には自らのインスタグラムで5年前を振り返り、点滴などの画像を添えて「あと8カ月で完全寛解」と投稿し、「あと少し、何事もありませんように」と希望を記していた。
実は白血病には、いくつかのタイプがあり、池江が患ったのは急性リンパ性白血病だった。それとは異なる成人T細胞白血病と呼ばれるタイプはウイルス(HTLV-1)の感染が原因で、母乳を介して母子感染する。HTLV-1の分布にはエリアの偏りがあるという。
■沖縄や九州に広がるウイルスで白血病に
「日本人のルーツをひもとくと、大きく元々日本列島で生活していた縄文人と中国や韓国から渡来してきた弥生人に分けられます。HTLV-1の分布を調べると、縄文人の分布と合致するのです。縄文人が多いエリアは沖縄や鹿児島、宮崎、長崎と東北で、このウイルス分布も沖縄や九州を中心に広がっています。この病気で亡くなった北別府学さんは、鹿児島県出身です」
国立感染症研究所によると、HTLV-1の感染者数は100万人で、国内感染者の3分の1が沖縄から九州に集中するという。発症するのはそのうち5~10%で、毎年700人ほど。潜伏期間は30~50年と長いため、60代で発症することが多い。北別府さんは62歳で発症し、3年の闘病で帰らぬ人になった。
「HTLV-1は、中国や韓国には分布せず、渡来系の弥生人が根づいた近畿地方には少ない傾向がありました。たとえば大阪府は1970年代までほとんどゼロでした。しかし人口の移動が活発化したいま、大阪でもこの病気の登録者数が右肩上がりで増えています」
対策はあるという。
「HTLV-1の感染の有無は、妊婦検診でチェックされ、母子手帳に記載されます。感染が判明した場合は、予防が大切です。母乳は56度で30分加熱するか、マイナス20度で12時間凍結して、加工母乳を与えると、感染率は6分の1まで低下します。母乳ではなく、粉ミルクを使用すれば確実です」
このタイプの白血病は治療が難しい。元宮城県知事の浅野史郎さんは15年前にこの病気を発症。移植手術で大病を乗り切っているが、治療がうまくいかず2年以内に亡くなるケースがほとんどだという。
「ですから、HTLV-1の感染が判明したときは、母子感染を予防することが一番なのです」
ちなみに、浅野氏は岩手県大船渡市出身で、ウイルスの分布エリアと一致するという。
一方、近畿を中心に広がる弥生人をルーツとする人にも、要注意ながんがあるそうだ。
「アルコールの分解にはアセトアルデヒド脱水素酵素の働きが強いのですが、人によっては遺伝子変異によって働きが弱いことがあります。その遺伝子変異は、約2万年前に中国東部の西遼河付近で発生したとする説が有力で、その変異が渡来系の弥生人によって日本人に受け継がれているのです。実際、その遺伝子変異を持つ割合は、近畿や東海、中国など弥生人の分布に近い。この遺伝子変異を象徴する症状が酒を飲んで赤くなる人。このタイプは、そうでない人に比べて食道がんのリスクが50倍です」
逆に縄文人はアルコール分解に関係する遺伝子変異がなく、酒豪タイプだ。東北や九州、沖縄に酒豪が多いのも、縄文系遺伝子の影響だという。