蔦屋重三郎外伝~戯家 本屋のべらぼう人生~
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(63)「金々先生栄花夢」が大当たり
お江戸日本橋界隈、魚河岸は日に千両の大商い、負けてはならじと呉服屋や問屋が荷物満載の大八車を繰り出す。 その一画、大伝馬町では書肆鱗形屋の店頭が押すな押すなの大混雑、皆々のお目当ては『金々先…
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(62)白皙の武家こそ恋川春町
篠笛がピィ~、ピッピッ、太鼓と鉦はドドン、ドンドンにチン、チン、チン。 獅子が大口を開け重三郎の頭を噛んだ。 「邪気は喰らいました。これで今年は安泰、大躍進!」 獅子が吼え、義…
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(61)戯家であらねばなりますまい
蔦重は口元が緩むのを堪えきれない。 道行く人がチラチラと視線をくれるのに気づいているものの、性懲りもなくニヤついてしまう。 ──重政から紹介された、絵と文を達者にこなす侍は毅然とした…
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(60)色街でのモテ指南「当世風俗通」
蔦重は北尾重政を前にひとくさり、鱗形屋との決別の次第を語っている。 するりと開いた障子、弟子が来客を告げた。 「お武家の方が……」 蔦重は麦湯を呑み干した。 「私はお暇し…
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(59)竹を買って色紙短冊を飾ろうか
江戸有数の書肆、鱗形屋の客間では侍が主人の孫兵衛を待っている。応対する手代の徳兵衛は、下卑た笑顔にたっぷり阿りをまぶしていう。 「チト、風呂敷の中身を拝見させていただいてよろしいかな?」 …
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(58)お前の細見なんか捻り潰してやる
鱗形屋の狭い座敷で長々と待たされているが、出がらしの茶ひとつ出てこない。 だが蔦重は大書店の主への苛立ちを表にしたり、小さな本屋の悲哀を噛みしめ、憮然としたわけでもない。冷遇されるほど静かに…
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(57)死に顔は冴え冴えと美しい
吉原の目抜きの仲の町通り、お上臈がそろりそろりと外八文字に三本歯の駒下駄を進める。道の左右を埋めた人々がどよめく。 重三郎は駿河屋の二階から花魁道中を眺めている。隣に立った叔父が問わず語りの…
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(56)あちしの艶姿、とくとご覧なんし
重三郎は兄の怒声を浴び駆け出した。 吉原大門を出た五十間道には、茶屋や商家が立ち並ぶ。店々の子どもたちが、「蔦屋」の前で凧遊びや突く羽根に興じているのを押しのけた。 「兄さん、どうした…
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(55)前書きが平賀源内とはたまげた
妓楼の二階はお上臈の主戦場、夜ごと艶事が繰り広げられる。 その階段口のすぐ横が遣手部屋、遣手はここから遊女と遊客の挙動を抜かりなく監視する。 大文字屋の遣手部屋では、かげろうと蔦重が…
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(54)花見が一段落したら夫婦になろう
蔦屋重三郎と花魁小紫、ふたりの仲を、道ならぬ恋と咎め立てる吉原の者は案外と少なかった。 叔父の利兵衛は泰然にして自若の態でいう。 「入れ揚げた男が公金を持ち出したり、女だって足抜けした…
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(53)ひとつ蒲団の中、頬を寄せ
小紫は重三郎の胸に顔を埋めながら、恋しい人の一計にききいっている。 重三郎も小紫の体調を気遣いつつ、気づけば饒舌に。 「吉原を儲けさせる方法はいっぱいある」 吉原の弱点は、吉原…
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(52)蔦重には新しい企てが山盛り
吉原の裏通りでは、かげろうと銀波楼の女将がくんずほぐれつの大乱闘、怒声どころか手足まで振り回し、着物の裾は乱れ、土にまみれるありさま。 そこへ丸い影、大玉が転がるように走りきた男、女たちの前…
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(51)六連星輝く空の下で姥桜が大喧嘩
そろそろ四つ半(午後十一時)という頃、銀波楼の女将が裏茶屋の前へ駆けつけた。血相を変えた女将が「さざなみ」と染め抜いた暖簾を払う。 と、横合いから大年増のドスのきいた声。 「ここには入…
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(50)逢いとうござりんした
夜気に寒気が交じる。だが、吉原を行き来する遊客たちは上気している。 妓楼と妓楼の間の脇道、そこに吉原の若い本屋がサッと入っていくのを見咎める者はなかった。 「小紫さん……」 重…
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(49)文を読む重三郎に緊張感が
線香たなびくお盆、お上臈が白の小袖に身を包む八朔、菊花の浮かぶ盃を呑み干す重陽の節句──。 蔦重にとって安永二年(一七七三)、二十三歳の秋は足早、たちまち八月、九月と暦が代わっていった。 …
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(48)お上臈を芍薬に木蓮になぞらえ
絵師北尾重政の仕事場は、整然としている。 画材、紙、資料などは棚と葛籠に仕分けされ一目瞭然だ。重政の細部にまで気を配った画風は、こういう心がけの賜物なのだろう。 そして、柱に掛かって…
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(47)ちょっと転んだだけです
絵師の北尾重政は絵筆を持ったまま、まじまじと重三郎をみた。 「蔦重、派手にやられたな」 本屋の仕事の際、人々は蔦屋重三郎を約めて蔦重と呼ぶ。暴行を受けてから半月、蔦重は大伝馬町三丁目に…
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(46)一途な若者が血ヘドまみれ
叔父の利兵衛は腕を組んだまま眼を閉じている。唇をへの字にしての長考、瞼が時折ピクピクと震える。 ようやっと喉に痰がからんだような声を出した。 「お上臈が妓楼から寮へ出養生させてもらえる…
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(45)あの寮に小紫さんがいる
大川べりの老舗料亭、重三郎は二階の窓から身を乗り出している。その背におもんの毬が弾むような声。 「鰻の蒲焼がきました」 「………………」 だが重三郎は粋な造作の寮(別荘)から眼を…
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(44)土用の鰻は安永の新しい流行り
吉原大門を駕籠が出ていく。 中を改めた、会所に詰める吉原の男たちが駕籠を見送るかたちになった。 そもそも吉原は駕籠の乗り入れ禁止、例外は町奉行の裁可を受けた御免駕籠、そして医者くらい…