脚本家・坂元裕二が「anone」に散りばめたフェイクの視点
広瀬すず主演「anone(あのね)」のキーワードは、「フェイク(ニセ物)」だ。このドラマには、物語の低音部となる1万円のニセ札作りだけでなく、いくつものフェイクが登場する。
辻沢ハリカ(広瀬)には祖母に可愛がられて暮らした思い出がある。しかし実際には施設で虐待を受けて育った。思い出は自分の心を守るための偽りの記憶だったのだ。亡くなった夫と印刷所を経営していた林田亜乃音(田中裕子)には19歳で家出した血のつながらない娘がいる。だが今は、ハリカに対して母親のような気持ちを抱いている。
また、夫や息子と心が通わない青羽るい子(小林聡美)は、高校時代に望まぬ妊娠で死産した娘の姿が見える。セーラー服の幻影と会話することで自分を保っていた。
そして元カレー屋の持本舵(阿部サダヲ)は医者から、がんで余命半年と言われ、これまでの人生が違って見えてきた。さらに印刷所の元従業員、中世古理市(瑛太)は2つの家庭と、秘密の作業部屋を持っている。
ニセ物をそこに置くことで、本物とか本当とされるものの意味や本質が見えてくる。またニセ物と呼ばれるものが持つ隠れた価値も浮上してくるだろう。
このドラマは、親子、夫婦、そして他者との関係だけでなく、人の生き方さえもフェイクという視点から捉え直そうとしている。脚本家・坂元裕二の野心作だ。