楳図かずおさんが27年ぶりの新作『ZOKU-SHINGO』に込めた思い 今の漫画界を「商業主義」と苦言も
楳図かずお(大芸術家)
「グワシッ!!」──。おなじみの赤白ボーダー柄の服に身を包み、巨匠は現れた。27年の沈黙を破り発表した新作が話題を呼び、開催中の展覧会も大好評。優しい口調で熱っぽく話す姿はエネルギーに満ちあふれ、85歳という年齢を感じさせない。恐怖漫画の第一人者にして、数々の話題作を世に問うてきた漫画界のレジェンドが、新たな作品に込めた思いを語る。
◇ ◇ ◇
──なぜ、1995年に長編「14歳」を完結させて以降、漫画の創作から遠ざかったのですか。
「14歳」の最後の頃は自分の描いている絵が上手なのか下手なのか、分からなくなるほど、くたびれちゃって。素直に「もうやめる時期が来た」と思い、やめたんです。その後も後悔とか、また描きたいという気持ちは全くなかったんです。
──再びペンを執ったのは2018年、「漫画界のカンヌ」とも呼ばれる仏アングレーム国際漫画祭で、代表作「わたしは真悟」が受賞したことがきっかけとか。
「遺産賞」というのが素晴らしい。評価が言葉に表れていますから。
──「永久に残すべき作品」という賞です。
うれしくて「じゃあ、新作を描くわ」となりました。でも漫画のスタイルは出尽くしているし、何か新しいことをやらないと、つまらない。誰もやっていないことをやるのが僕のモットーですからね。漫画から原点に返って絵画とも思ったけど、一点物を並べるだけではドキドキしない。そこで絵画に漫画のストーリー性を取り入れ、新しい表現を目指したのです。
──それが101枚の連作絵画なのですね。
展覧会を開くのに、100枚くらいの作品はいるだろうなと思って。100はありきたりの数字だけど、101なら一歩ハミ出るというか。101枚というのは内容よりも先に決めました。
──作品を拝見すると、下書きの緻密さや彩色の鮮やかさにゾクゾクします。
ありがとうございますッ!
──どのくらいのペースで描かれましたか。
ノソノソせず、1日2~3時間。体力がないし、作業を早く済ませたいので。結局、完成には4年ほどかかりました。コロナ禍で展覧会が1年延期され、何とか間に合いました。
──額縁もすてきです。
うれしい~。僕の好きな赤と緑を使いました。額縁も重要な作品の一部です。
──漫画と絵画との違いは感じましたか。
漫画がコマの連続体の「つなぎの芸術」なら、絵画は単体の芸術で1枚ずつがクライマックスになる。ただ、画面1つに1つのクライマックスだと物足りない。例えば過去と未来を同時に描くには2つ、3つのクライマックスが必要です。
■人間は退化している
──先生の作品には未来を予見するような世界観があります。新作は人類滅亡後の未来を描いていますが、その展覧会の会期中に核使用をほのめかす戦争が起きてしまいました。
ショックですよねえ。新作には「終りのはじまり」という作品もあります。そうならなきゃ、いいのですけど……。
──「退化」という作品も印象的です。
物騒な出来事を見聞きするうち、「人間は退化している」の一言で説明できるのではないか。そう考えるようになりました。人間は常に進化するものだと皆、思っているけど、今は退化の途中じゃないかと。
──進化には成長と競争がつきまといます。
そこにムリがあり、行き詰まった先は退化するしかない。人間全体を是正しようとする考えなら、あえて退化する必要性があるのではないか。原点に戻った方が順応力は高いし、どうにでも応用が利く。そして「こっちがいい」という方向性を見つければ、そこに向かって再び進化を始めればいいと思います。
──いったん、引いてみるのも大事だと。
上がりっぱなしなんて絶対にあり得ない。何事も波のようなもので、上がった次は下がる、下がった次は上がるの繰り返しなわけですから。だけど、放っておいたら、ずっと退化しっぱなしで、人類が消えてしまう怖さはありますね。
今の漫画は「アニメの台本」
──以前「少年漫画、少女漫画をずっと大事にしてきた漫画家は僕だけ」と語っていました。新作もある意味、少年と少女が主人公のお話です。
子供が主役だと、物語の振り幅が違う。大人だけの物語よりも自由です。例えば大人が主役だと「東京タワーのテッペンまで登ろう」なんて発想は絶対に出てこない。常識に縛られてバカげたところに物語が進まず、つまらなくなる。「子供ならでは」が僕の作品の基本。もともと、自身の漫画に対し、最初に決めたのは戦争、貧困、病気、あと恋愛は描かないこと。それをやったら芸術ではないような気がしたので。で、残ったのが「怖い」でした。
──それが恐怖漫画に至った理由ですか。
ホラーの良い部分は「あり得ない」ということ。芸術も同じで「あり得ない」。芸術は怖いかどうか分からないだけで、ホラーと共通している。あと、ホラーとギャグも紙一重です。違いは怖いか笑えるかだけ。「あり得ない」は共通しています。
──なるほど。
漫画を描き続けているうちに“ご法度”も作品に取り入れるようになりましたけど、どれも頭に「変な」がつく。「変な戦争」「変な恋愛」ならオッケーなんです。
──代名詞「グワシッ!!」のフレーズはどう思いついたのですか。
言葉の勢いで、いきなり下りてきました。モノを力強く「グワシ」と掴むイメージかな。迷いはなかったですね~。
──現在の肩書は?
「大芸術家」がいいです。芸術家だと普通でしょ。「大」をつけると、ちょっとバカバカしくなるけど、でも実際やっていることは真面目でキチンとしている。そういうバランスがいいなと思っています。
──新作には「手描き」のこだわりを感じますが、現在の漫画界は「デジタル作画」が主流になっています。
それ! 僕が漫画を離れた原因のひとつです。昔、ペン先につけていた開明墨汁を買おうにも、もう店に置いてないんですよ。店員さんに薦められたインクを使って描くと、紙が剥がれちゃう。僕はペンタッチの強弱で立体感をつけ、肉質感を出すやり方でしたけど、今の漫画はペンタッチが一本調子で生命感が全くない。やっぱり漫画は手描きの温かみ、血が通っている作品になっていないと。今の漫画界は芸術性よりも商業主義に傾いている気がします。これも「退化」の問題で、あまりにも機械に頼り過ぎると、機械がなくなった瞬間に漫画が描けなくなってしまいます。
──あまり好ましい現状ではなさそうですね。
今の漫画はアニメの台本になっちゃっていて、漫画自体よりもアニメが評価されているだけです。子供が読む漫画もバトルものばかりで、物語の世界が狭すぎると思う。戦いとは結局、行動だけを描くから、子供にとって少し引っかかる深い考えや思想的なモノがなくなってきています。そんなことを思いつつ、新作は子供向けにも描いたつもりです。今の大美術展を今度はぜひ、子供客限定で開きたい。
──漫画の創作から離れていても、漫画への情熱を感じます。
漫画が好きですからね。漫画が成り立つ国はとても良い国なんです。漫画作品の多くは普遍的な正義感などが盛り込まれていますが、その価値を共有できない国では話が通じません。政治や宗教などひとつのストーリーに支配されていれば、漫画のストーリーが入り込む余地はない。だから、僕は漫画を大事にしたいし、皆さんにも「漫画のある国は素晴らしい」と思って、大切にしてもらえればうれしいです。
(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)
▽楳図かずお(うめず・かずお) 1936年、和歌山県高野山に生まれ、奈良県で育つ。18歳の時、「森の兄妹」でプロデビュー。恐怖漫画家として知られるようになる。「漂流教室」ほかで小学館漫画賞を受賞。「グワシッ!!」が社会現象となった「まことちゃん」など数多くのヒット作を生み、「わたしは真悟」「14歳」など近未来を描いた大作を発表。2018年に仏アングレーム国際漫画祭「遺産賞」受賞。同年度、文化庁長官表彰受賞。今年、27年ぶりの新作となる「ZOKU-SHINGO」を発表。
▼「楳図かずお大美術展」3月25日まで開催 楳図かずおの「比類なき芸術性」に焦点を当てた本展の最大の目玉が、27年ぶりの新作〈ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館〉だ。101点の連作絵画の緻密な描写と壮大な物語は「楳図ワールド」が凝縮された驚異の渾身作。気鋭のアーティスト3組による楳図作品をテーマにしたインスタレーションも会場で堪能し、いざ度肝を抜かれに行こう!▼巡回:大阪・あべのハルカス美術館(9月17日~11月20日)