寡黙を日本の伝統として褒めそやすのは、もう止めにしませんか。
最初に告白しよう。この件で本連載の貴重なスペースを費やすことを、ぼくは不本意だと感じている。正直なところ、この件についてはもう何も言いたくない、書きたくない気持ちが強い。実際そんな選択肢もあるはずなのだ。
では、なぜ口を開き続けるのか。SNSやヤフコメで心ない罵倒を浴びると分かっていても、言葉を尽くしてしまうのはなぜか。英雄的に振る舞いたいのではない。ましてやマゾヒスティックな快感に酔いたいわけでもない。自分は穏やかな生活を好むタイプだし、正義感なんて爪の垢ほどしか持ち合わせていない。とめどない愚痴や陰口で家族や友人を失望させてきた卑小な人間だ。そんなぼくが口を開くにはいくつかの理由がある。だが最大の理由はと訊かれたら、迷わずこう答える。
「見て見ぬふりは気分が悪いから」
そう、いつも人を動かしてきたのは正義より生理ではなかったか。
前置きが長くなった。「この件」については詳しく述べるまでもないだろう。さきの日曜(5月14日)の夜9時、ジャニーズ事務所公式サイトで、藤島ジュリー景子社長が謝罪し、見解が発表された。故ジャニー喜多川氏への度重なる性加害告発に対し、動画と文書で応えたかたちである。