(4)コロナ禍に感じた寄席のありがたみ 毎日舞台を踏めるのがどれだけ励みになったか
コント青年団が初めて末広亭の舞台を踏んだのは、2010年3月のこと。大の月の31日に催される特別興行で、2人のコントがよく受けたのである。
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青木(写真左)「出たかった寄席ですが、果たして僕らのコントが受けるかどうか、不安もありました。落語にしても漫才にしても、寄席の芸は動きが少ないでしょ。その点、コントは動き回るので、嫌われるんじゃないかと心配したんです。ところが、思いのほかよく受けて」
服部(同右)「その高座を見ていた落語芸術協会の田澤事務局長が、定席に出てみないかと誘って下さったんです。うれしかったですね。最初は1日限りの代演でしたが、翌年に準会員になり、2012年に正会員にさせていただきました」
私も田澤氏に、「いい色物を紹介してもらいました」と感謝された覚えがある。
服部「寄席は毎日お客さまが変わります。それが面白いですね。同じネタをやっても、受ける時と受けない時がある。誰を目当てに来ているかによっても違います。例えば、人気者の講談師、神田伯山さんのお客さまだと、講談を聴きに来ているので、コントのストーリーは追ってくれるけど、そんなに笑ってはもらえません。連日通うお客さまもいるので、『同じネタでごめんなさい』と勘弁してもらいます」