認知症治療の現場でも 自分史を書く作業が脳の筋トレになる
「自分史」を書くことが、脳の活性化につながるという。これまで生きてきた“自分の歴史”を振り返る作業だ。中年サラリーマン世代には、“忙しくてそれどころじゃない”と一蹴されそうだが、認知症治療の現場などでは知られた手法で、健康な人でも脳トレになるらしい。そのメカニズムと、何をどう書くとより効果的なのかというと――。
書店には計算ドリルや書き取りなど多くの“脳トレ本”が並ぶ。実は、「自分史」モノもそのひとつ。ボーッと生きている人でも、“我が半生を振り返る”作業が、どんどん脳を活性化させるというのだ。
認知症学会の専門医で、おくむらメモリークリニックの奥村歩院長が言う。
「脳の活性化とは、“脳のつながり力”がどれだけあるかということ。頭の良し悪しにも関係しますが、脳の中の神経細胞がより多くつながっていると認知予備力が高いということになります。認知予備力が高い人ほど、若くてピチピチした脳の持ち主なのです。我々の脳、とくに記憶というのはたとえて言うなら、玉ネギのようなもの。中心部分にみずみずしい芯があり、ここに自分らしさや性格がある。核の部分です。そして人生を積み重ねるごとに、一枚一枚、“記憶”という薄皮に包まれ増えてゆくわけです」
玉ネギは、20歳より30歳の方が皮が何層も包まれる。
60歳ともなれば、相当大きめの大玉といったイメージか。
「問題は30年、40年と生きてきて、仕事や住宅ローンなど目先のことばかり考える生活をしていると、本来の“自分らしさ”などが詰まっている芯の部分と距離が離れてしまう。玉ネギの皮が外からはがれ、中心まで腐りかねない。そこで、自分はどこから来てどこへ向かってきたかなど、過去を掘り起こす作業が重要になってくる。過去を回想して脳細胞のつながりを持つ作業です。これで“自分らしさ”を取り戻すことが、脳の認知予備力を高めるのです」(奥村院長)
自分史の回想は、現在の記憶力、判断力、思考力の改善につながることも分かっている。まさに、脳の活性化そのものではないか。
医療現場では、「回想法」と呼ばれるトレーニング法で、認知症の進行防止、中高年の認知症予防などの目的で利用されている。医学的な裏付けは確かなのだ。
もっとも、過去の社会情勢や歴代総理を思い浮かべたところで脳への刺激はないも同然。役には立たない。何より大事なのは、自分史、つまりは、“自分にこだわった”回想をするのが数段効果的らしい。
「嫌なことは思い返す必要はありません。楽しかった部活や、面白かった仕事を順に書き出し、友達や仲間の名前やエピソードを思い出す。なかなか記憶が出てこない場合は、当時、流行した音楽を聴いてみるとか、小中学校時代に通った商店街や通学路を歩いてみる。10連休で帰省するとき、30分でいいからやってみてください。机に向かって書き続けるより、見たり聞いたり現場の空気感に触れて五感を刺激した方が脳細胞のつながりはブワ~ッと広がっていくはずです」(奥村院長)
会社の帰りに大学時代に暮らした駅で降り、住んでいたアパートやよく通った定食屋を探すのもいい刺激になる。スマホで写真を撮り、メモ帳に昔を思い出しながらメモを取る。これを参考に自分史を家で仕上げる。判断力や思考力アップにつながるのだから、自分史は“脳の筋トレ”と同じと言っていい。
「日記を書くとか、単に文章を書くことより、自分史は脳への刺激が大きい。玉ネギの芯とのつながりを取り戻して“我に返る”からです。人にもよりますが、50歳を越えたら、3~4カ月に1回は、自分史を書く機会をつくりたい。認知予備力がアップし、脳の健康を維持できるはずです」(奥村院長)
自分史を書くメリットは、意外に大きい。