著者のコラム一覧
佐々木常雄東京都立駒込病院名誉院長

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

「はなかみ先生」の思い出 あの頃は鼻汁を垂らした子供がたくさんいた

公開日: 更新日:

 私がまだ、小学校に入学する前のお話です。

 山形にある実家の前は田んぼで、町や駅の方へは少し盛り上がった踏切を越えて行きます。線路の向こうには、魚屋があって、その奥に母の実家がありました。砂利道でしたが、夏はアイスキャンディーの旗を立てた自転車が、冬は馬そりが通りました。ある時、私はひとりで母の実家に向かう道中で「はなかみ(鼻紙)先生」に出会いました。はなかみ先生は、鼻汁が出ている子供を見つけると、その子をつかまえて、小さく切った新聞紙ではなをかんで、拭って歩いていました。子供の顔には黒い新聞のインクの痕がつきます。

 私たち子供はそれが嫌で、はなかみ先生を見つけるといつも走って逃げました。しかしその時は、私は先生につかまってしまい、はなをかんで拭いてもらうことになりました。

 あの頃は、どうしてか青い鼻汁を垂らしている子がたくさんいました。その子の服の袖は鼻汁を何回も拭ったせいでテカテカと光っていました。

 今、インターネットで調べてみると、はなかみ先生の経歴が書かれています。それによると、先生は若い頃にアメリカに渡り、苦労して英語、絵画、音楽などさまざまなことを勉強した、とあります。

 古里に戻った先生はアメリカで学んだことを人々の生活に生かしていこうとしていたようです。特に子供たちには「はなをかむ」という習慣がなく、先生は毎日のように町や村を回り、子供たちにはなをかむことの大切さを語って歩いたのです。そしていつの頃からか、人々は「はなかみ先生」と呼ぶようになりました。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    フジテレビ30代アナ永島優美、椿原慶子が辞めて佐々木恭子、西山喜久恵50代アナが居座る深刻

  2. 2

    志村けんさん急逝から4年で死後トラブルなし…松本人志と比較される女性関係とカネ払い

  3. 3

    ダウンタウン浜田雅功の休養でよぎる2023年の「意識障害」報道…「前日のことを全く記憶していない」

  4. 4

    男性キャディーが人気女子プロ3人と壮絶不倫!文春砲炸裂で関係者は「さらなる写真流出」に戦々恐々

  5. 5

    悠仁さんの成人会見は秋篠宮家の数々の危機をいっぺんに救った

  1. 6

    志村けんさん急逝から5年で豪邸やロールス・ロイスを次々処分も…フジテレビ問題でも際立つ偉大さ

  2. 7

    志村けんさん急死から4年で関係者が激白…結婚を考えた40歳以上年下“最後の女性”の存在

  3. 8

    備蓄米放出でもコメ価格は高止まり…怪しくなってきた農水省の「実態把握」

  4. 9

    日テレ「さよなら帝国劇場」でわかったテレビ軽視…劇場の階段から放送、伴奏は電子ピアノのみ

  5. 10

    フジテレビ「Live News イット!」が大苦戦中…上垣皓太朗アナが切り札となるか