平尾剛氏「“当事者”であるアスリートは怒りを表現すべき」
平尾剛(ラグビー元日本代表/神戸親和女子大学教授)
「東京五輪は中止すべし」という声は、かつての日の丸戦士からも上がっている。ラグビー日本代表BKとして1999年W杯ウェールズ大会に出場し、現在は神戸親和女子大学発達教育学部の平尾剛教授だ。平尾教授はかねて五輪開催そのものに反対の立場を表明してきた。
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■社会的弱者が犠牲を強いられている
――東京大会が決定する前から五輪開催そのものに異を唱えてきました。
「私が五輪開催に反対する理由はまず、社会的に弱い立場の人が多大な犠牲を強いられていることです。競技場など五輪関連施設を建設するにあたり、住居の立ち退きを強いられたり、街からは路上生活者が一掃されるケースもありました。多額の血税も投入され、国民全体に多くの負担が生じています」
――招致段階よりも開催費用は膨大に膨れ上がりました。
「当初、猪瀬元都知事は『コンパクト五輪』を掲げ、国民の負担を最小限度に抑える大会だったはずです。それがいざ、開催が決まると、エンブレムの盗作問題、招致段階でのJOC(日本オリンピック委員会)の竹田恒和前会長(73)による贈賄容疑など、裏金にまつわる話も出てきました、安倍晋三前首相にしても『復興五輪』を宣言しながら、実際は東京五輪関連施設の建設、整備で作業員や予算が取られ、被災地の復旧に大幅な遅れが生じたのは事実です、まさに『復興妨害五輪』と言えるでしょう」
スポーツでコロナは根絶できない
――今回のIOC幹部による対応にも批判が集まっています。
「IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長は『東京大会を実現するために、我々はいくつかの犠牲を払わなければならない』と発言しました。さらにIOCの最古参幹部のパウンド委員は『アルマゲドン(最終戦争)に見舞われない限り、東京五輪は計画通り進むだろう』との談話が伝えられています。世界的なパンデミックが収まっていないこの期に及んで。日本の大会組織委も含めて、とにかく開催ありきで、人命を軽視しているとしか思えません」
――IOCは開催を強行しようとしていますね。
「今回に限ったことではありませんが、IOCはオリンピック憲章で高邁な理想を掲げながら、現実は商業主義の団体と化しています。莫大な放映権料、世界的な企業からのスポンサー料を得ています。今や五輪は肥大化した商業イベントに過ぎません。IOCは利権を死守するため、巨額な利益を見込む2022年北京冬季五輪につなげるためにも、今回の東京五輪を強行しようとしているのでしょう」
――アスリートの立場、視点からも東京五輪は中止すべきですか?
「コロナ禍により、多くの国民が自粛を余儀なくされ、飲食店のように営業を制限されている業種すらあります。これだけ医療体制が逼迫し、満足に治療も受けられないまま、命を落とす人が少なくありません。ワクチンも行き届いていない状況です。平時であればともかく、緊急事態宣言下で多額の税金を投入してまで開催して国民の共感を得られるとは考えにくい。スポーツにはさまざまな価値があるとはいえ、スポーツの力でコロナを根絶できるわけではありません。東京五輪を目指して努力を積み重ねてきたアスリートには申し訳ないですが、今の状況下では、やはり開催すべきでないでしょう」
指導者やアスリートには当事者としての責任が
――スポーツ界から開催に関して賛否の声がほとんど聞こえてきませんね。
「現役の指導者、アスリートは立場上、発言しにくいことは理解できます。選手は自分のパフォーマンスを向上することに精いっぱいで、それどころではないのかもしれません。しかし、当事者である以上は当然、責任は生じているはずです。この状況下で五輪を開催するのは果たして適切なことなのかどうか、意見を発信してもいいのではないでしょうか」
――アスリートは単なる競技者という存在ではないということですか?
「IOCや組織委員会の運営の仕方にも意見すべきだし、許容できないことがあれば、もっと怒りを見せてもいいと思います。スポーツ界は長らく団体に不都合なことには目をつぶってきましたが、このままIOCの横暴を黙認するようならアスリートの価値の下落は免れません」
――開幕に向けた事前合宿が中止になるなど、公平性に疑問が残ります。
「スポーツの大前提であるフェアネスを担保できない。国や競技によっては代表選考会すら開催できず、世界ランキングで出場選手を決めるケースまである。東京五輪はスポーツ大会の体をなしているとは言い難い。コロナ禍で強行された東京大会は『史上最低の大会』のひとつとして後世に語り継がれるでしょう」
▽平尾剛(ひらお・つよし) 1975年5月3日生まれ。46歳。大阪府出身。同志社大学、神戸製鋼とラグビーの強豪チームでプレーし、99年W杯ウェールズ大会に出場した。代表キャップ11。引退後は神戸親和女子大学大学院で教育学の修士課程を修了。現在は同大学発達教育学部ジュニアスポーツ教育学科教授。