「超面白かった」宇多田ヒカルは直撃取材直後にブログ更新
平成10(1998)年は当時15歳の少女のデビューアルバム「First Love」が累計765万枚を売り上げる大ヒットを記録した。米ニューヨーク出身の宇多田ヒカル。「新宿の女」「女のブルース」「圭子の夢は夜ひらく」などの藤圭子の長女と知って、藤圭子を聞いてきた世代はまた驚いた。
宇多田はJポップ界では「非・小室系」という呼ばれ方をしていた。音楽シーンを席巻したプロデューサー小室哲哉の時代は終わり、新たな世代が続々と台頭していく。浜崎あゆみ、モーニング娘。、椎名林檎らで、MISIAやGLAYなど、若い世代を中心に支持を集める。長野五輪の狂騒、NTTドコモの「iモード」のスタートと相まって、新しいムーブメントが音楽シーンにも待たれていたのだろう。
その宇多田がデビューして間もないころ、日本に帰ってきて、四ツ谷駅近く、企業のテナントが入ったビルにひとりで暮らしているとの情報を得た。直撃取材を試みる。
ちょうどランチタイムに差し掛かり、現場ではサラリーマン族がちらほらと会社を出てきて、行きつけや目当ての飲食店へと向かっていく。宇多田のいるビル1階にも和食の定食チェーンがあって、サラリーマンが日替わりをかっ込む姿があった。取材が終わったら、ここで飯を食おうか。そう考えながら眺めていると、小鳥のような、女の子が1階のエレベーターから出てきた。