佐野元春さんが語る モンキーズ「B面の1曲」との出会い
佐野元春さん(ロックシンガー/65歳)
「僕が初めてモンキーズの『I wanna be free(自由になりたい)』を聴いたのは11歳の時です。当時はタイトルの意味ぐらいはキャッチアップしていたと思いますが、深くは理解していなかったです。それでも“free”から伝わってくるポジティブなイメージは感じ取っていました」
1956年3月、東京・神田で生まれた。会社経営の父と舞台女優志望だった母に育てられ、2人はともに大の音楽好きだった。
「当時はまだ珍しいことだったのですが、家にはレコードプレーヤーがあり、両親は海外のポピュラーソングのレコードを聴きながら一緒にダンスをしていましたから。6歳ぐらいの時に僕が好きでよくかけていたのがザ・ロネッツの『Be My Baby』です。テレビでも弘田三枝子さんがカバーした『私のベイビー』が流れていたので、この曲は自然とすぐに覚えてしまいました。
モンキーズはテレビで『モンキーズ・ショー』(日本では67年~)を見ていたので、生まれて初めて買ったシングルは、モンキーズでした。ただその時は、A面の『モンキーズのテーマ』が聴きたくて買ったんだけどB面の『I wanna be free』に妙に魅かれてしまった。甘いメロディーとシンプルな楽器のアンサンブルすべてが特別なものとして入ってきました。つまり両親の影響で無意識のうちに聴いていたのが『Be My Baby』、ステキだなと最初に体験した曲が『I wanna be free』ということです」
モンキーズは、65年から71年まで活動したアメリカの4人組のアイドルバンド。ビートルズの映画をヒントに同様のテレビ番組を制作しようとオーディションで集められた。日本では、「モンキーズのテーマ」と並ぶ代表曲の「Daydream Believer」は、セブン-イレブンのCMでカバーされている。
中学3年生の時に音楽雑誌の中の一枚の写真に目を奪われた。それは、ロックグループ「ザ・フー」のギタリスト、ピート・タウンゼントがギターを抱え、高くジャンプしていた。それを見た瞬間、「稲妻に打たれたような衝撃を受けました」。
■大滝詠一さんがいたからこそ
78年、大学生の時にヤマハのポピュラーソングコンテストで優秀曲賞を受賞、80年3月にデビューシングル「アンジェリーナ」をリリースした。81年4月からはNHK-FM「サウンドストリート」月曜担当のパーソナリティーとして新境地を開き、6月に世に出た「SOMEDAY」が代表作のひとつとなった。シンガー・ソングライター、大滝詠一氏(2013年12月に65歳で死去)には大きな影響を受けた。
「音楽の世界において僕の先を行く人。彼の知見や経験はとても価値のあるものです。『SOMEDAY』は音楽プロデューサー、フィル・スペクターのレコーディング手法“Wall of Sound(音の壁)”を駆使したもので、それに一番理解があったのが大滝さんでした。僕は大滝さんのレコーディング現場を見学して“Wall of Sound”を学習しましたが、もし大滝さんがいなかったら『SOMEDAY』のサウンドは生まれなかった。『SOMEDAY』でこのレコーディング方法を導入しようと思ったのは、先ほど話をしました『Be My Baby』の影響が無意識にあったのかもしれません」
フィル・スペクターはザ・ロネッツ、ビートルズ、ジョン・レノンらのアルバムのプロデューサー。21年1月16日に新型コロナウイルス感染に伴う合併症で死去した。
「SOMEDAY」は今では若い世代からも支持されている。
「ソングライターとしてはリスナーが長く愛してくれる曲が書けたらいいなとずっと思っています。ただ、聞き手が価値を見いだしてくれない限り、いい曲にはならないわけで、長く聴いてもらえる『SOMEDAY』は幸運な曲だと思います。それぞれの時代で多くの聞き手が『いいね!』と言ってくれたことで曲の輝きがより一層増したと思います」
誕生秘話は興味深い。
「クリーデンス・クリアウオーター・リバイバル(CCR)とシュープリームスの2組のグループが“Someday”とタイトルがついた曲を歌っていました。CCRは『Someday Never Comes』(72年)で♪いつかきっとなんて来ない、シュープリームスは『Someday We'll Be Together』(69年)で♪いつか私たちは一緒になる、と歌っていた。同じ“Someday”でも全然違うことを歌っていて面白いなと思いましたね。そこで“Someday”という言葉に、ビートとメロディーが伴うことで、いろいろな想像をしながら聴いてくれる曲を作ろうと……」
「人生の大事なことはすべてポピュラーソングの歌詞の中にある」
「I wanna be free」の“free”についてはこう語る。
「成長するにつれて“free”という言葉が人間にとっていかに大事な概念か徐々に知るようになりました。今でいえば表現の自由。これはアーティストにとってとても大事なものです。アーティストはそれを武器にしているし、検閲がかかったりすると生きづらくなる。そんなシリアスなことまで考えさせられる、そんな最初のキッカケをつくってくれたのがモンキーズの『I wanna be free』です。
もっとも、それは肩肘を張って話すことでもなくて、『I wanna be free』は太陽に照らされながら笑っていろいろなことをして、僕を縛っているものは何もない、自由になりたいのさ――というもの。ここにすべてが集約されている。大好きな女の子に思いを託す手紙のような中で、人生のとても大事なこと、個人というのは大事だということを、平易な言葉と美しいメロディーで語っている。メッセージというほどのものでもなく、人生の大事なことはすべてポピュラーソングの歌詞の中にあるということなんじゃないかな」
(取材・文=峯田淳、絹見誠司/日刊ゲンダイ)
♪佐野元春&THE COYOTE GRAND ROCKESTRA「ヤァ! 40年目の城ホール」4月4日・大阪城ホール
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