感染症が拡大する中での人間の葛藤や希望を描く
さらに「私」にとってショッキングなことが起きる。離れの周囲に木を植えるのに呼んでいた植木屋から「私」がスペイン風邪をうつされたのだ。
そして、「私」から妻の春子へ、春子からもう1人の女中のきみに、さらには左枝子まで感染してしまう。
家の中で1人だけ元気な石は、昼間は普段の2倍以上も働いた上に、夜は左枝子をおぶったまま横にもならず眠った。そんな石を見た「私」は<心から石にいい感情を持った>と、ようやく平常心を回復するのだった。
■重なる新型コロナ禍の現代人の心理、行動
NHKの番組HPでは、この小説について「感冒流行の中、理性を失いむやみに人間不信に陥った主人公が、人への信頼を取り戻し日常に帰るまでの『心理的な綾』を、軽妙かつ鋭い観察眼で見つめた物語」と解説。ドラマ化について「100年前と今を重ね合わせて描くことで、今を生きる私達への『希望』と『指針』を与えるドラマとしたいと考えています」とある。
確かに、石がイベントに出掛けていたのではないかという疑いから、被害妄想に陥っていく主人公の心理は、今でいう「緊急事態宣言」を無視して「3密行動」を取る人たちを執拗に敵視する「自粛警察」や「マスク警察」の心理と共通するだろう。また、自分だけは大丈夫と油断し、植木屋から感染した主人公の姿は「自粛疲れ」や「緊急事態宣言慣れ」し、飲食店などでうっかり感染者と濃厚接触してしまう新規感染者の姿とも重なる。「流行感冒」が名作と言われる所以だ。