感染症が拡大する中での人間の葛藤や希望を描く
物語の舞台は、1918年秋の千葉県東葛飾郡我孫子町(現在の我孫子市)。当時の我孫子は田畑や山林が広がる田園地帯で、志賀直哉のほかに「柔道の父」と言われる嘉納治五郎や、その甥で民芸運動を起こした思想家・柳宗悦、志賀と同じ白樺派の小説家・武者小路実篤ら文化人が数多く住んでいた。
我孫子に暮らす小説家の「私」(本木雅弘・55)は、妻の春子(安藤サクラ・35)と4歳の娘・左枝子(志水心音・6)、それに女中・石(古川琴音・24)、同じく女中・きみ(松田るか・25)と暮らしていた。
夫婦は最初の子供を病気で亡くしたため、どちらも左枝子の健康に対して臆病なほど神経質。風邪を引かぬように夏でも厚着をさせ、<田舎者は好意から、赤児に食わしてはならぬ物でも、食わせたがる>と、周囲の人間を警戒していた。そして、いよいよ我孫子でもスペイン風邪がはやり始めると、<それをどうかして自家(うち)に入れないようにしたい>と考えた「私」は女中たちに、毎年秋に青年会が旅役者一行を呼んで催される芝居興行を観に行くことを禁じたのだった。
だが、女中の石がその夜、家をこっそりと抜け出したことが発覚。村人ばかりか遠方からも大勢がやって来る夜芝居を見に行ったのではないかという疑惑が持ち上がる。石は普段から軽率な行為が多く、<時々間抜けをしては私に叱られている>女中で、翌朝に問いただしたところ、石はキッパリと否定した。だが、どうしても信じられない「私」は、妻の春子の反対を押して石を辞めさせようと決意し、よく懐いている左枝子からも遠ざけた。結局、石を辞めさせることができず、<私は不愉快だった。如何にも自分が暴君らしかった>と、家の中で孤立してしまった。