主演作「ファーザー」アンソニー・ホプキンスの怪優際立つ
その後アンから、新しい恋人ができ、ふたりでロンドンからパリへ移住すると告げられて、ホプキンスは動揺するが、今度はアンと結婚して10年以上になるという不愛想な男が現れ、いつまで居候するつもりかと、詰め寄ってくる。
新しい介護士として、面接に来た若い女を気に入るが、翌日やって来たのは全く別の中年女。アンの下にもうひとりの娘ルーシーがいたはずだが、どこにもいないし、入れ代わり立ち代わりする面々といい、何がどうだか分からなくなる。そして鏡を見て、ついこんなことを口走る。
「ところで、私は一体誰なんだ」
夢の中で迷路をさまよっているような、それが現実をもむしばみ、立っている床すら沈んでいくような。主人公が宇宙の無重力空間に投げ出される映画「ゼロ・グラビティ」のような不安と恐怖がせり上がってくる。
認知症、介護、終末医療は国境を超えてタイムリーな問題だが、ドラマチックな展開も、涙を促すような感動の場面もない。あるのはホプキンスが認知症を体現したとされる熱演、臨場感である。ホプキンスはこう言っている。