<76>早貴被告が「2億円をもらえれば東京に帰ります」「喪主?何ですか?」
マコやんが聞いた。
「……私は遺骨はいりませんし、お墓もいりません」
小さい声だったがハッキリと言い放った瞬間にリビングの空気が凍り付いた。まさかの展開だったので、誰も何も言えずに黙ったままだった。
「いりませんってどうゆうことや?」
マコやんの語気が強くなった。
「今すぐに2億円もらえれば東京に帰るって言われたわ」
佐山さんからとんでもない言葉が飛び出した。なんでも、打ち合わせの前にアプリコに行った彼女は、佐山さんにそう伝えたというのだ。
その瞬間に私は頭に血が上っていくのを感じた。
「キミなあ、戸籍上は社長の妻なんだぜ。遺産は欲しいけれど遺骨はいらないし墓の面倒を見ることもないというのは、随分と虫がいいんじゃないか。それなら遺産はいらないからと言って東京なり札幌に帰ったらどうだ!」
私が一喝すると部屋が凍り付き早貴被告は下を向いたまま黙っていた。こんな女を選んで結婚したドン・ファンが哀れで惨めで救われない。ドン・ファンが亡くなって24時間も経っていないのに、早貴被告は2億円をもらうことを考え続けていたのだろうか。私の背筋がザワザワとしたのを今でもはっきりと覚えている。